~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
あなたの周りに、股関節の置換手術を海外で受けた方はいませんか?
股関節の置換手術は、「待機手術」のひとつで、重要な手術ではありますが、事前に期日を決めることのできるものです。命に関わる「緊急手術」や、できるだけ早く行うことが望ましい「準緊急手術」とは異なり、手術中や手術後の患者さんの状態が最良となるような条件が整うまで、待つことのできる手術でもあります。
BC州の健康保険制度、MSP(Medical Services Plan)では、基本的に、手術や入院、治療の費用を請求されることはありません。(ただし、1人部屋や2人部屋に入院する場合は別途費用。)2020年の1月からは保険料が無料になり、医療サービスがさらに利用しやすくなったとされています。しかし、公的制度を利用する限り、股関節の置換手術のような「待機手術」を受けるには、順番を待つほかありません。
5月10日に発表された、Canadian Institute for Health Informationの報告では、BC州は、手術や処置、検査を受けるまでの待ち時間が、カナダ全国で最も短いとされています。しかし、特に「待機手術」については、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が発表された直後から、無期限で延期され、待ち時間が長くなりました。感染防止のための制限事項がかなり緩和された現在、待ち時間は短くなってきましたが、当初の遅れが取り戻せておらず、緊急事態宣言以前の状態には戻っていません。
長い待ち時間にしびれを切らし、公的な健康保険制度に頼ることを諦め、民間の医療保険を利用する人もいます。保険の種類により、全額または一部費用が支払われますが、保険でカバーされる割合が高いほど、保険料も高くなります。勤め先が団体保険に加入している人の場合、個人契約と比べ金額は安くなりますが、保険料は自己負担です。
そこで、居住国で手術や処置を受ける限りその費用が高くつくことから、同じ手術や処置を他国で受ける選択肢を選ぶ人もいます。これが「医療ツーリズム」で、「旅行ではなく医療サービスを受ける目的で、居住国とは異なる国や地域へ渡航すること」を意味します。これは、海外旅行先で、怪我や病気のために緊急の医療サービスを受ける場合とは異なります。「医療ツーリズム」を選ぶ大きな理由と考えられているのが、その費用の安さです。手術や治療だけでなく、それに伴う検査費用や入院費、食事などの費用も安くなります。それぞれの費用は、手術や治療の内容や行き先により異なりますが、押し並べて、居住国での費用より安くなるのが一般的です。
「医療ツーリズム」は、新たな産業分野として注目されており、海外からの医療を目的とした渡航者の受け入れを積極的に行っている国が増えています。中でも、タイ、マレーシア、シンガポール、インドなどの東南アジア諸国の「医療ツーリズム」市場が著しく成長しています。最近では、通常の医療サービスだけでなく、介護分野の「医療ツーリズム」のサービスを提供する施設も増えてきています。その背景には、居住国の介護施設のサービスの費用の高さだけでなく、そのサービスの質に失望し、海外の介護施設のサービスを求めるケースも少なくありません。
実は過去に、「医療ツーリズム」の渡航先になっている国に住んでいたことがあります。外国人が診療を受けるのは私立病院で、その医療水準は、先進国の病院、特に公立病院に勝ることはあっても、劣ることはありませんでした。私が住んでいたのは、「医療ツーリズム」が産業分野として世界的に注目されるようになる前のことですが、たまたま病院で、手術のために入院している家族の付き添いで滞在している日本の方に出会ったこともあります。
次回は、介護分野の「医療ツーリズム」について、詳しくお話しします。
参考:
Explore wait time for priority procedures across Canada
Canadian Institute for Health Information
https://www.cihi.ca/en/explore-wait-times-for-priority-procedures-across-canada
*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会サポートグループ・ファシリテーター認定。