エドサトウ
カルラはインドネシアでいう火の鳥のことである。奈良にインドネシアのボロブドゥール遺跡に似た古墳の遺跡があることは、カルラの話や、カルラの仏像があることも想像される。
「とんとんとんからりーーー」サムがうたを歌いながら、仕事小屋で作っているのは、山葡萄をつぶしたジュースでお酒になるワインの元を作っていた。一月もして発酵したら明日香村の外れにある酒船石に持ってゆき、ブドウの種と皮を麻布の袋に入れて大きな酒船石の上で可愛い巫女さんの足でつぶしてもてもらい、ブドウの種や皮ときれいなジュース風のお酒にするつもりである。その赤紫のお酒を身分の高い貴族や天子さまが、ガラスの器で儀式のときに飲まれるという話をサムは、聞いたことがある。
酒船石の上でしぼられたお酒は、冬の間にカメの中で熟成させて旧正月のころにはいいお酒になるのであろう。我が家でも今年はブドウが珍しく豊作なので、僕もサムのようにブドウ酒つくりに挑戦したのであるが結果はまだわからない。
僕の場合は、収穫したブドウを洗い、実をつぶしたジュースを3週間ほど発酵させた後に、これを布袋に入れてしぼり、瓶につめたら、約3リットルのワインらしきものになり、もっか熟成中である。
ブドウはポリフェノールがたくさん含まれていて、健康にいいらしいけれども、僕がつくろうとしているブドウ酒はお酒というよりは、酸っぱいワインビネガーになるかもしれない。来年の春に試飲するのが楽しみである。
成功してほどよいワインになれば、酒に弱い僕は酔っぱらって、赤い顔の火の鳥になり、夢はインドネシアに飛んでいるかもしれない。
かれこれ10年以上も前のことかもしれない。僕はカルラと少女の話を書いてみたいと思い立ち、奈良県に住む少女と月に二度くらいメール交換をしていた。特別な話はしなかったけれど、中学生ぐらいの女の子がカルラという火の鳥の彫り物が舳先についた船に乗り、真っ黒に日焼けした男たちに交じり、黒潮の海流に乗り宮崎県の青島に流れ着いたのは、まだ、大和朝廷ができる前のことであった。
男たちは、少女をカルラと呼んだ。彼女の顔にカルラのごとくあるようにと火の鳥をイメージした縄文人と同じような入れ墨があり、腕には空を飛べるようにと赤い鳥の羽の美しい入れ墨が描かれていた。鳥のような大きな目が描かれた彼女の顔は、丸木船の舳先に立ち、船の先に丸太などの浮遊物はないか、海に突き出ている岩はないかを見張る役目でもあった。
でも、やはりまだ子供かもしれない。男たちに「おしっこがしたい!」と叫ぶと、船が止まり、カルラは海に飛び込み船につかまりながら、用をたすのである。ニコニコ笑う男たちに船に引き上げられると、ヒョウタンのふたを取り、コクリコクリと水を少しばかり飲み「ふう!」と声を上げるのである。
海の日差しは暑く、風は南からやや北東に軽く吹いていた。麻布の小さな帆をカルラが舳先に立て船に固定すると船は男たちが、かいを漕がなくても前にゆっくりと進んだ。男たちは食料として積んできた干したかたい肉や、果物を食べ始める。南国の暑い太陽が容赦なく照り付ける中、真っ黒に日焼けした男たちはホッとしたひと時を過ごすのである。船は風に吹かれてゆっくりと進んでゆく。
夕暮れになれば、島陰に船を寄せ、海に潜り魚をとる。カルラと長老は火きり棒を板の上でまわして火を起こして料理の用意である。
こんなことが何日続いたのであろうか?やがて、船は黒潮に乗ったのか、どんどん先に流されてゆくのである。カルラは「この先に何があるのだろうか?」と不安と好奇心が頭の中でぐるぐると渦巻いていているような気がした。