1)Everyone is Welcomeのカナダインクルーシブ教育研修ができるまで
ウエストバンクーバーを拠点にする教育コンサルティング会社主催(AK Jump Educational Consulting Inc.) 主催の、探究型研修:『Pro-Dツアー:カナダインクルーシブ教育を学ぶ』、2023年3月末に、日本での、障がいの有無なく誰もが学べる普通学級作り、インクルーシブ教育の実現を目指して 開催された。
日本全国から約20名の個人参加で、学生、教育、自立支援団体、政策、福祉関係者達が参加。研修後の昨今ではインクルーシブ教育実施に向けて日本各地で多様な行動を積極的に起こすポジティブな市民の草の根推進活動の波及効果が起こっている。
その横で大きな岩を動かそうと国会や自治体も動き出している。障がいを持ちながらも国会で活躍する参議院議員の木村英子氏が、5月のある国会審議でインクルーシブ教育実施の重要さを説いた。国立市教育委員会は、東京大学大学院教育学研究科(バリアフリー社会作り研究をする)と協力協定を結び、人権委員会も設ける予定だと発表をしたのだ。これは大変画期的な動きである。
『行動に変える勇気』を参加者さんに培ってもらえ、カナダと日本を結ぶ教育のパイプラインができたことが、今回の研修の一番の産物であったと、心から嬉しく思う。
多種の個別最適なサポートが誰でも受けられ、公正に可能性にアクセスできるカナダの教育システムは日本も見習うところが沢山ある。これによって多様な才能を持ちながらも、埋もれてしまっているたくさんの子供達が輝いていける。誰もが学びの中心に、と掲げるカナダのインクルーシブ教育方針は注目すべきである。年齢、性別、障がい、経済層、宗教、民族など関係なく誰もが近所の学校で学べる権利が保障されているのだ。つまり、偏差値や発達障害検査値などの数値で、又は障がいの有無などで、学校を決めなくてよい。又、選ばなくてもいい権利が法律で守られている。人権や人権擁護がしっかり保障されるという基本が国の教育方針に埋め込まれていて、それゆえに学校側は色々な支援を普通学級という一つの舞台ですることを基本にして、すべての生徒達を受け入れる体制である。ちなみに、基本BC州の公立の学校には普通学級しかないから、特別支援学級と呼ばれているクラスは存在しない。
日本の教育現場は残念ながら、特別支援学校、特別支援学級や通級と称し『分けている学校や学級』のほうがまだまだ多い。2022年に国連から分離教育は差別だから直ちにやめるようにとの勧告も出ているのだが、全国でのインクルーシブ教育実現に向けての動きはかなり遅く、逆走気味のところもある。2022年4月27日文科省は「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用(参照文献:https://www.mext.go.jp/content/20220428-mxt_tokubetu01-100002908_1.pdf)について」という通知を全国の教育委員会にしたのだが、その通達に従うとなると、障がいを持つ子供達が普通学級で受けられる授業時間数が今までに比べて減ってしまい、それにより分離教育がかえって促されてしまう可能性が高い。大阪府豊中市の南桜塚小学校のような全くカナダに引けを取らないインクルーシブ教育を50年続行している学校もあるのも忘れてはいけないのだが、「4.27通知」によりこの学校の将来展望にも影が刺してしまっている。大阪府の当事者の保護者たちからは撤回を求める声も上がっている。
そんな日本に何かカナダでできることを求めて、両国の現役教師、元特別支援学校教師、元教師などを含んだVanvoucver Professional Development Team(VPDT)を結成し、世界でも最先端をいくと言われているカナダBC州のインクルーシブ教育を日本に紹介したいと、2023年3月に一週間の視察研修の企画に踏み切った。
研修は、人種や障がい者差別が横行していたカナダの歴史にも触れ、なぜインクルーシブ教育がカナダ国策として使われたかということから入っていくように設定。実際に日系移民の街スティーブストンやウッドランズメモリアルガーデン(ウッドランズスクールは1996年に閉鎖された精神病院で多くの精神障がいがある子供達が隔離されていた施設)を訪問して、過去を振り返った。そして、ウエストバンクーバー教育委員会インクルーシブ教育指導部長、ノースバンクーバー学区評議員長、リッチモンド本間留吉小学校校長、社会福祉専門・研究家や当事者の保護者、Education Assistant経験者などが登壇協力をしてくれた。分離教育が主流だった過去も振り返り、戦後40年以上かけて作ってきたBC州インクルーシブ教育システムについてのセミナーや討論会を実施した。
その並びで小学校、中学校、高校、地域の図書館やバリアフリーの福祉医療研究施設(ICORD: International Collaboration on Repair Discoveries, the Interdisciplinary Research Center)やバンクーバー公共交通機関、スカイトレインやバス乗降を体験見学して、一週間通しインクルーシブ教育環境について日本からの参加者さんたちといろんな方向から一緒に考えた。発達障がい者をもつ日系家族を支援するTwinkle Stars代表、バーンズちぐささんからはカナダの充実した自立支援制度についての話を二時間半たっぷり聞いた。日本で現役公立小学校教員をする運営企画側の一人は、昨年までカナダでEducational Assistant(EA)をされており、特にBC州でのインクルーシブ教育現場でのEA経験と西洋から生まれたインクルーシブ教育の概念を日本の人たちに分かりやすく図式を用いて語ってくれた。
研修から得るものは決まった答えがないもので参加者個々のペースに委ねられた。参加者(バックグランドは様々で、教育関係者、政策関係者、福祉関係者、大学生、障がいを持つ当事者さん達とその介助士さん達、4才の息子さんとの親子参加有)がそれぞれのゴールに向かって短期、中期、長期で目標を考え出していった。『答えのない教室』(Thinking Classrooms)という数学指導法認定講師である、梅木卓也氏(現役バンクーバー高校数学教師)とバンクーバーでCOOP留学中の遠藤弘樹氏(元横浜市高校英語教師)の二人が探究型研修のナビゲーターを務めた。梅木氏は『答えのない教室を』を開会式のアイスブレーカーで実施し、簡単そうに見えて実は難しい、自然な形で考えずにはいられない数学問題にグループごとに取り組んでもらった。取り組み中に言い方を工夫することで円滑なコミュニケーションを図ることも目的とされた。遠藤氏は最終日にそれぞれが出した目標をアウトプットしていくアクティビティとその発表会、そしてその後に参加者同志の交流会に繋いだ。当事者、教育関係者、政策関係者、研究者、活動家といった多様な研修仲間が、インクルーシブ教育の波を起こしたいと、かなり熱くなった。
研修の前には、日本でのインクルーシブ教育の実現の困難さで消沈気味な気持ちを持ち、それをかなり悲観的に共有してくれた参加者も結構いた。この時、はっきり言って、実現に向けて日本の最前線で活躍している方々がこれでは『実現なんて到底無理じゃないか』と感じたのも本音である。はてさて、この研修はどうなるのやらと怪しい雲行きの気配がした。
続く…
寄稿者:高林美樹
高林美樹
プログラムプロデューサー、AK Jump Educational Consulting Inc. Founder
ウィスラーマルチカルチュラルソサエティ理事
Japanese New Immigrant Committee(JNIC:新移住者委員会)委員
West Vancouver School District Parent Committee, Equity Diversity Inclusion, メンバー
NY、ロンドンなど合計28年の海外生活で大学院修了、出産、子育てを異文化で経験し、人権を重んじた海外の共生社会、“誰もが取り残されない環境“に助けらてきた。2022年に留学・教育コンサルティング会社起業。グローバルリーダー養成、地域とつながるボランティア、文化継承企画をオンラインで多創出。National Association of Japanese Canadians(NAJC)/JNIC委員、共生社会推進団体理事を務め、日加交流活動を通し、インクルーシブで多様な人とひとを繋ぎ社会課題解決策を生み出し、コミュニティ繁栄を目指す取り組みに全力投球中。カナダと母国日本を結び、両国の人々の信頼関係を強め、ともに公正な社会で幸せに暮らせるように貢献することを常に目標としている。
*NAJCは1947年に設立された、日系コミュニティを代表するカナダで唯一全国組織で人権擁護と多様性あるコミュニティ作りを推進。傘下に戦後の移民中心に日本語で活動する新移住者委員会(JNIC)が昨年発足。
連絡先: Miki@akjump.ca
HPリンク: https://akjump.ca