大塚圭一郎
全線無人運転の鉄道「スカイトレイン」や路線バス、水上バス「シーバス」を早朝から深夜まで高頻度で走らせているカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー都市圏の運輸当局トランスリンクは、「カナダ最強の公共交通機関」と呼んでも過言ではない。ところが、そんな“働き者”のトランスリンクに似つかわしくなく平日に5往復しか運行せず、1960年の映画「日曜はダメよ」(Never on Sunday)と言わんばかりに土日と祝日は原則として運休する“ゆとり運行”の鉄道路線もある。
【トランスリンク】カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバー都市圏の公共交通機関を所管する運輸当局の通称。正式名称は「南岸ブリティッシュ・コロンビア交通公社」で、本部はBC州ニューウエストミンスター市にある。かつてはBC州の運輸当局「BCトランジット」が州内の公共交通機関を一元的に担っていたが、バンクーバー都市圏だけを管轄する当局としてトランスリンクが1998年に設立された。2023年(1~12月)の予算案によると、利用者が支払う運賃などの運輸収入は約7億カナダドル(約760億円)と、歳入全体(約21億9千万カナダドル)の約29%にとどまる。このため連邦政府や地元政府の補助金、燃料税や駐車場利用料金などの財源で賄っている。
最終列車は午前7時25分発
鉄道路線「ウエスト・コースト・エクスプレス」(WCE)はバンクーバー市郊外の住宅地にあるミッションシティー駅と中心部のウオーターフロント駅の東西約69キロを片道1時間15分で走る。バンクーバー中心部の在住者または滞在者にとって同じ日に全線を“制覇”するのは難しい。
というのも、運行する平日の朝に近郊の住宅地からバンクーバーの勤務先へ向かい、夕方に帰宅する通勤客向けのダイヤだからだ。ウオーターフロント発ミッションシティー行きは最初の出発が午後3時50分、最終は午後6時20分だ。
一方、ミッションシティー発ウオーターフロント行きの始発は午前5時25分で、最後に出発するのは午前7時25分。このため、ウオーターフロント発着で同じ日にWCEで往復するのは不可能だ。
それでは公共交通機関でウオーターフロント駅からWCEに全線乗車し、同じ日に戻れるのか。その調査結果は最後にお伝えしたい。
開業110年の元“玄関口”
WCEの起点のウオーターフロント駅は今年で開業から110年。開業から約65年間はカナディアン・パシフィック鉄道<現在のカナディアン・パシフィック・カンザスシティー(CPKC)>の東部ケベック州モントリオールなどと結ぶ大陸横断列車が発着するバンクーバーの“玄関口”で、カナディアン・ナショナル鉄道(CN)の大陸横断列車と火花を散らしていた。
しかし、両社の旅客鉄道部門が1978年にVIA鉄道カナダへ移管され、翌79年には大陸横断列車の発着がCNの使っていた現パシフィック・セントラル駅に一本化された。
近郊と結ぶ路線が発着するのにはオーバースペックのように映る駅舎は、かつてカナディアン・パシフィック鉄道が経営するホテルの建物だった。大陸横断列車が発着していたプラットホームの跡では、現在はCPKCが所有している貨物線を活用して1995年に運行が始まったWCEが発着している。
発車までの残り時間を表示
ウオーターフロント駅の自動改札機で集積回路(IC)乗車券「コンパス」をかざして通路を進むと、正面にはノースバンクーバー市と結ぶシーバスの搭乗口への通路、左手にはスカイトレインの路線「エキスポライン」のプラットホームに向かう下り階段があった。
WCEの乗り場を探していると、斜め左に向かう通路があるのを見つけた。頭上の電光掲示板は「列車の発車まで17:38(17分38秒)」と記しており、次の列車の発車時刻までの残り時間と一致する。この通路を進むと男性係員がおり、水色の端末を指さして「ここでカードをタッチしてください」と話した。
改札機でコンパスをかざしたばかりだが、指示通りにコンパスをかざすと「よくできました」とばかりに小さなキャンディーをくれた。クリスマスを目前に控えた時期だったためで、なんと係員はサンタクロース風の帽子をかぶっていた。
階下のホームには、アメリカ(米国)のEMDが製造した機関車が、カナダの輸送機器メーカーのボンバルディアの鉄道車両部門だったボンバルディア・トランスポーテーション(現在はフランスのアルストム)が製造した2階建て客車を連結した列車が既に停車していた。トランスリンクは「利用者数に応じて客車は3~10両連結している」と説明する。
車窓に見覚えがあるコンテナ
客車に乗り込んで2階に上がり、向かい合った4つの座席の間にテーブルを備えた一角に乗り込んだ。机上には電源コンセントも備えている。北側に当たる左手の車窓にはバンクーバー港の手前に貨物ヤードが広がっており、見覚えがある白文字で「ONE」と記された白色のコンテナが積まれていた。
日本の海運大手の日本郵船、商船三井、川崎汽船のコンテナ定期船事業部門を統合して2017年に発足した「オーシャン ネットワーク エクスプレス ジャパン」(ONE)のコンテナだ。
私が駐在している米国首都ワシントンの近郊で見る貨物列車は、ONEのコンテナを運んでいることは皆無に等しい。太平洋を挟んだカナダ西海岸が日本との貿易の最前線であることを再認識した。
延々と続く「ウオーターフロント」
列車は定刻の午後4時20分にウオーターフロント駅を出発。左手の車窓は貨物ヤードがしばらく続いた後、カナダ砂糖大手ロジャース・シュガーの子会社、ランティックのバンクーバー製糖工場の大きな建屋が出現した。
ウオーターフロント駅を出発したにもかかわらず、その後はバラード海峡に沿った「ウオーターフロント」の景色が延々と続いた。
同乗していた息子が「長崎県佐世保市の風景に似ている」とつぶやいた。確かにWCEの水辺を縫うように線路が続く様子は、長崎県の早岐(はいき)駅(佐世保市)と諫早駅(諫早市)の大村湾沿いを駆けるJR九州大村線をほうふつとさせる。
ただ、カナダ統計局の2021年調査で人口が約264万3千人に達するバンクーバー都市圏は、20年時点で約259万6千人とほぼ同規模の福岡都市圏(福岡市や糸島市など10市7町)により似ているとの印象を抱いた。海に近いエキゾチックな雰囲気も、幅広いジャンルのレベルが高い飲食店がひしめいている街の性格もそっくりだ。
WCEから眺める水辺は夕日で染められるようになり、停泊中のばら積み貨物船や、年季が入った鉄橋のアイアンワーカーズ記念橋と見事に調和している。世界的に知名度が高い国際都市ながらも、中心部の近くで絶景を味わえるバンクーバーに改めて魅了された。
次の駅の到着は24分後
それにしても、次のムーディーセンター駅に近づく気配が全くない。着いたのはウオーターフロント駅を出発して実に24分後だった。
にもかかわらず次のコキットラムセントラル駅までの駅間距離は短く、わずか5分後に到着。本当は終点のミッションシティー駅まで乗りたかったが、コキットラムセントラル駅がスカイトレインと接続する最後の駅のため全線乗車は断念して下車した。
下車時に、駅にある水色の端末にコンパスをかざして決済した。大人運賃は6・80カナダドル(約740円)で、現金払いの場合の8・05カナダドルより安い。
さて、ウオーターフロント駅を発着してWCEに全線乗車して同じ日に戻れるのかを調べた。すると今年1月上旬時点のダイヤを検索したところ可能だった。
一つのコースでは、ウオーターフロント駅の始発の午後3時50分に出る列車に乗ると、終点のミッションシティー駅に午後5時5分に到着する。
帰路は午後5時40分に出発するBCトランジットの31系統路線バスのブルキンエクスチェンジ行きに乗り、終点で下車する。11分後に発車する1系統ハイストリート行きでハイストリートモールへ、続いて17分後に出る66系統フレーザーバレー行きで「ローヒード駅」という名称のバス停で降りる。
目の前にあるスカイトレインの路線「エキスポライン」のローヒード・タウン・センター駅でウオーターフロント行きに乗り込めば午後8時半すぎに戻れる。バンクーバーと近郊の往復にもかかわらず約4時間40分余りの時間を要し、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」ならば東京駅から小倉駅(北九州市)への移動時間に相当する。
ただし、WCEが運行しているのは原則として平日だけだ。ご乗車は「日曜はダメよ」。
共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。