第43回バンクーバー国際映画祭(VIFF)で上映中の「The Chef & the Daruma」(Mads K. Baekkevold監督)は、バンクーバーの日本食レストラン「Tojo’s」のオーナーシェフ・東條英員(ひでかず)さんのこれまでの人生を描いたドキュメンタリー。
映画祭開催前にチケットが完売し、2回の上映追加が決定した。本作にスクリーンライターとして参加し、「この作品が日本で上映されることが夢」だという村尾幸子ナタリーさんにはEメールで、カリフォルニアロールの原型「東條巻き」を生み出したシェフの東條さんには9月27日にレストランTojo’sで話を聞いた。
—このドキュメンタリー制作のきっかけは?
東條さん:監督からは「いろんなお店を回ったが、東條さんの料理はオリジナリティがあり、魂、パッションがある。そして、こんなにも地元の食材を生かした料理を今まで見たことない」と言って、この映画のオファーがありました。監督も「お金ではないもの」を重視する人で、そういう考え方が僕と似ていると感じました。監督、村尾さん含め本作のスタッフはみんな才能と情熱のある人ばかりでした。
村尾さん:元々は、監督のMads K. Baekkevoldがミシュランガイド関連の仕事で東條さんに出会ったことがきっかけです。その際に、レストランに置かれていた大きなだるまを見つけた監督は、東條さんとだるまや人生について長時間話し、お互いの人生観や目標に共通するものが多いと感じ、東條さんの人生をだるまの儀式と並行して描くアイデアを思いつきました。
また、監督からこの企画を聞いたとき、この作品は、単純にシェフの料理や成功を紹介するものではなく、日系カナダ人独自のストーリーになる可能性があると思いました。私自身も日系四世として、このドキュメンタリーを作ることで、日系カナダ人の歴史やコミュニティについて学び、その知識を観客と共有する機会が得られると感じ、本作への参加を決めました。
—本作でも触れられていますが、日系カナダ人の歴史について思うことは?
東條さん:僕が1972年にカナダに来た頃は、日系一世、二世の時代でしたが、当時彼らは生魚を公には食べていませんでした。白人からばかにされるからです。僕は「人間の差別がどこから生まれるのか?」ということにものすごく興味があったし、そうした差別意識を変えたいと思っていました。そこを打ち破るのが食べ物なんです。
食べ物というのは、他の国の人たちに自分たちのアイデンティティを表明するのに、ものすごく大事なツールなんですよね。ばかにされないためには、食べ物に関してこっちの人との共通点を探す必要がある。そのために、僕はバンクーバーの一流レストランに月給のほとんどをつぎ込んで何度も通って勉強をしました。
村尾さん:映画制作者としての私の目標の一つは、戦中および戦後に日系カナダ人コミュニティが経験した多くの苦難に光を当てることです。私の両親の家族も強制収容所に送られ、その影響は今なお続いています。本作では、既存の日系カナダ人コミュニティが、戦後カナダへ移住した日本人(新移住者)から日本の文化、芸術、料理を学び、それを再び活性化させた様子を描いています。
また、新移住者たちも、カナダで生活する中で日系カナダ人が過去に直面した苦難を学んできました。新移住者から四世、五世に至るまで、さまざまな世代によって、その豊かな歴史と文化が形成されています。本作でそうした日系カナダ人コミュニティの多様な側面とその複雑さを描けて自分自身も良かったと思っています。
—現地の人たちの好みを知ることでカリフォルニアロールを思いついたのですか?
東條さん:僕はカリフォルニアロールとは言っていなくて、「東條巻き」と言っています。当時「こっちの人たちは生魚を食べないし、海苔に抵抗感がある」と言われていたので、そういう人たちがアプローチしやすくするにはどうしたらよいか考えました。僕は大阪で料理人の修業をしたので、生魚を使用しない大阪の太巻きの材料(玉子、しいたけ、かんぴょう、ほうれん草)をインサイドアウト(裏巻き)にして出来たのが「東條巻き」です。
後から聞いたのですが、海苔は英語で「seaweed」と言うので、こっちの人はそれが「雑草」のような感じで嫌みたいで、今では「sea vegetable」という言い方に変えています。時代によって食べ物の名前も変わりますしね。また、海苔を内側に入れても苦手な人には、海苔の代わりに薄焼き卵を使って作りました。「嫌いなもの」があるから、「新しいもの」が生まれるんですよね。
当時日本では、東條巻きを「こんなのは邪道だ」と認めてくれなかったけど、その後「東條巻きは世界の日本食への意識を変えた」と言われるようになり、世界中からお客さんが来てくれるようになりました。僕のお店の名前を「東條ジャパニーズレストラン」のような名前にしていないのは、料理の壁を作らないようにするためです。それは、どんなテクニックを使ってもいいということ。「これは日本食ではない」と言われてもいい。僕が作るものは「東條フード」なんです。
—映画では目標達成の祈願としてだるまのシーンがありますが、今後の東條さんの目標は?
東條さん:目標というか、生き方やね。一生働きたいけど、今74歳なので、次の世代にバトンタッチして、今後は彼らを表に出して、僕は後ろからサポートしていきたいですね。
—バンクーバー国際映画祭の観客に伝えたいことは?
村尾さん:本作での私の役割は「東條さんのストーリーとは何か?」という問いに対する答えを見つけることでした。東條さんの過去から70代の現在までの旅路は、取り上げるべき内容が山ほどあり、90分にまとめることに非常に苦労をしました。しかし、観客の皆さんには、東條さんの人生がスクリーンに映っている90分以上に広がると信じています。
また、本作では「とりあえずやってみよう」という言葉に焦点が当てられています。新しい食べ物、新しい経験、何でもやってみることが大切です!
「The Chef & the Daruma」上映日時・会場
9月30日(月)6:00 pm @SFU Woodwards(東條さん他関係者のQ&Aあり)
10月3日(木)7:00 pm @VIFF Centre – Lochmaddy Studio Theatre
10月5日(土)1:15 pm @Fifth Avenue Aud 3(東條さん他関係者のQ&Aあり)
10月6日(日)8:45 pm @SFU Woodwards
https://viff.org/whats-on/viff24-the-chef-the-daruma
(取材 佐々岡沙樹/写真 斉藤光一)
合わせて読みたい関連記事