薬と飛行機の微妙な関係?

 今年もインフルエンザ予防接種(フルショット)とCOVIDワクチン接種がピークを迎えています。薬剤師が予防接種を担当するようになってから15年が経ちますが、そのうち10年間、私は薬局内のトラベルクリニックの名のもとで渡航前健康相談と予防接種を行ってきました。

 トラベルクリニックでは、海外旅行者に対して、ワクチン接種、感染症予防、旅先での体調管理に関するアドバイスを提供しています。トラベルクリニックは、出発前の準備段階で旅行者の健康を守るために非常に重要な役割を果たしています。トラベルクリニックでは、訪れる国に応じて推奨されるワクチン(例:A型肝炎や腸チフス、黄熱、髄膜炎などなど)を提案するほか、滞在先での病気のリスクを軽減するためのアドバイスも行っています。

 例えば、マラリアのリスクが高い地域に行く場合は、予防薬の処方や蚊に刺されないための対策を話し合うことが一般的です。さらに、衛生状態が良くない地域では、旅行者下痢症を避けるためにどのような食品や飲料を摂取すべきかについてもアドバイスします。また、旅行中に急な体調不良があった際の対処法として、簡単な薬のリストの準備についてもアドバイスしています。

 私自身、日本からカナダへの移民であり、大体2年に1回のペースを目安に里帰りをするほか、家族旅行や学会で海外に行くこともあるため、旅を通じて得た経験や知識を活かし、患者さんに適切なアドバイスを提供することにやりがいを感じています。今回は、そうした旅の中で経験した空路での移動や薬にまつわるトラブルについて、実体験を交えながらお話ししたいと思います。

空路でのトラブルと薬の管理について

 国際線の渡航者数が大幅に回復してきた今日この頃ですが、飛行機での移動にはトラブルがつきものです。この夏、ロサンゼルス・ドジャースで活躍する大谷選手の試合を観に行く際、ロサンゼルス行きのフライトがコンピュータシステムの障害で遅延しました。また、8月にメキシコへ旅行した際、トロントでの乗り継ぎ時にカンクン行きのフライトがクルー不足で出発5分前にキャンセルされ、空港で足止めを余儀なくされました。約8時間の空港待機後、深夜にマイアミまで飛び、翌日にカンクンへ到着できたのは幸運で、中には数日後の便に振り替えられた人もいたほどです。

 こうしたトラブルの際、薬を適切に管理していないと健康リスクが高まり、旅行計画にも支障をきたす可能性があります。特に定期的な服用が必要な薬を持っている場合、空路での移動は事前の準備が欠かせません。持病を持つ患者さんにとって、移動中に薬が不足することは重大なリスクとなるからです。

空路での薬携行における注意点

 まず、通常は機内へ持ち込める液体の量は100ml以下に制限されていますが、処方せん薬や必要不可欠な市販薬はこの制限から免除されています。とはいえ、すべての薬を手荷物に入れ、取り出しやすい場所に収納し、検査官にすぐに提示できるよう準備しておくことが重要です。これは、フライトが遅延したり、突如フライトが変更になって、予定外の荷物検査が必要になった際にスムーズに対応できるためです。

 また、薬の紛失やフライト遅延による薬の不足に備えることも大切です。万が一、フライトが遅れたりキャンセルになった際、定期的に服用している薬が手元になくなる事態を避けるために、薬は必ず手荷物に入れ、少なくとも1週間分の予備を持参することが望ましいです。また、処方せんのコピーは必須ではありませんが、薬の情報をスマートフォンに保存しておくことで、必要な時に現地の薬局や医師に迅速に対応してもらうことができます。私は普段の薬局での仕事においても、海外からの患者さんに対応する場合に薬の情報があると非常に有用だと感じます。

薬の温度管理に関する課題

 冷所保存が必要な薬の場合、フライト中や現地の気候にも注意が必要です。例えば、インスリンやオゼンピック(成分名セマグルチド)のような薬は、ペンの使用開始後ならば一定期間室温での保存が可能ですが、未開封のものに関しては移動中も適切な温度を保つことが大切です。しかし、機内の冷蔵庫で冷所保存はできませんから、基本的にはベストを尽くすということになります。指定された温度以外で保存すると薬の効果が失われることもあるため、特に長時間のフライトや高温多湿の地域に行く際には、冷却パックを準備しておくと安心です。Frioというブランドからは、冷却機能を持つウォレットが販売されていますので、こちらも参考にしてみてください。

Frio Large Wallet: https://www.friocanada.ca/product/large-wallet/

薬の現地調達に備えて

 最後に、万が一の事態に備えて、渡航先で薬の入手に備える必要があります。もちろん日本で処方された薬が海外で簡単に手に入らない場合もあるため、特に長期滞在の場合は服用中の薬の成分名を一般名でリスト化しておくと、現地の薬剤師に自分の服用している薬を正確に伝えるための重要な手段となります。逆に、日本では処方せん薬が、他の国では医師の診察なしで購入できることもあります。

 最後に、旅行前に現地の医療事情を調べ、最寄りの病院や薬局を把握しておくことも安心につながります。渡航先でインターネットが使えないことを不安に感じる方もいるかもしれませんが、最近では旅行用のE-SIMカードが販売されており、これをインストールすれば、現地到着後すぐにWi-Fiに接続できます。私も何度か利用しましたが、コストパフォーマンスが非常に良いと感じましたので、ぜひ検討してみてください。

 健康管理は旅行中の最優先事項です。必要な準備を整え、リスクを最小限に抑えながら、安心して旅行を楽しんでください。

*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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