第18回 終活の先送りが招く想定外の事態~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

これから少しずつ雪を纏い始めるノースショア山脈を背景に、ガラス張りの高層ビル群が雨に濡れた街を鏡のように映し出しています。11月のバンクーバーは、山の頂から街へと静かに忍び寄る冬と、名残りの秋の温もりが交差する季節です。急激な寒さの到来に、一層の体調管理が必要となってきました。

早いもので2024年もあと2ヶ月足らずとなりました。歳を重ねるごとに1年が短く感じられ、「もう今年もクリスマスなの?」と驚いてしまうのは、きっと私だけではないはずです。

今月は「自分たちには、まだ時間がある」「終活なんてまだ早い!」と思っていた人が見舞われた想定外の苦労についてお話しします。

終活先送りの落とし穴!

~ カナダ在住・橋本さんの体験から学ぶ終活の重要性 ~

◻️予期せぬ別れが突きつけた現実

バンクーバー在住の橋本さん(仮名・68歳)は、毎朝近くの公園でウォーキングを欠かさなかった夫(当時70歳)を脳血管疾患で突然失いました。「夫は健康に気を使い、カナダの家庭医のもとで定期的に検診も受けていました。そんな夫がまさか…という思いでした」と、あの日のことを振り返ります。

◻️押し寄せる手続きの波

悲しみに暮れる間もなく、橋本さんを待っていたのは、想像を超える煩雑な手続きでした。

◻️銀行や保険会社での苦労

「死亡を通知した途端に夫名義の銀行口座が凍結され、私名義の口座しか使えなくなりました。公共料金の支払いは全て夫名義の口座からの自動引き落としにしており、私の口座には自分の年金が入る程度。その上、急な葬儀やお墓の費用の支払いに困り、子供たちからお金を借りることになったんです。日本の銀行口座の手続きはさらに大変でした。夫は日本にも銀行口座を持っていたのですが、カナダからの手続きは一筋縄ではいきませんでした」

直面した問題点:

  • 相続手続きに1年以上を要した
  • 必要書類の取得に何度も領事館へ足を運び、日本との連絡が必要に
  • 夫のカナダの生命保険会社が不明で、保険金受け取りまでに時間を要した
  • 海外在住者特有の日本の相続手続きの煩雑さ
  • 日本とカナダの相続手続きの並行作業による負担

◻️不動産関連の課題

「バンクーバーの自宅は夫名義のみでした。ブリティッシュコロンビア州の裁判所への手続き費用や支払いは予想以上に高額で、弁護士への依頼費用だけでCAD 5,000(約50万円)以上かかりました」

主な困難:

  • カナダの相続法制度や手続きの理解、専門用語を含む英語でのやりとりによる負担
  • 欧州在住の息子との連絡調整(時差・仕事の都合)
  • 相続分配で生じた家族間の意見調整

◻️精神的・経済的な二重の負担

「夫を失った悲しみの真っ只中で、こうした手続きに追われる日々。書類の山と格闘しながら、『なぜもっと早くに準備しておいてもらわなかったのか』『本人も含め、家族で前もって話し合っておけばよかった』と何度も後悔しました。でももっとも悔いたのは、ほとんど夫に頼って任せてばかりで、自分がほとんど何も知らないでいたことです」

**実際にかかった費用(概算)**

  • 弁護士費用を含む手続き費用:CAD 55,000(約550万円)
  • 交通費・通信費:CAD 3,000(約30万円)
  • 日本の相続手続き関連費用:CAD 800(約80万円)
  • 手続きに費やした時間:約300時間

◻️教訓として学ぶポイント

1. 財産管理の見直し
・夫婦でのJoint Account(共同名義口座)の設置
・主要な支払い口座の確認と整理

2. 重要書類の作成と整理
・Will(遺言)やPower of Attorney(委任状)の作成
・保険証券や契約書類の保管場所の共有
・デジタル資産を含む財産目録の作成

3. 家族間での事前対話
・相続に関する希望の共有
・カナダと日本、両国での必要手続きの確認と役割分担

◻️痛恨の教訓を次世代へ

諸々が終わったあとに、「『終活』という言葉は前から耳にしていました」と橋本さんは静かな声で話してくれました。「漠然と、いつかはしなければと思っていました。でも、私も夫も健康で、まだするには早い(若い)。遺言を作るのも、葬式やお墓の話をするのはずっと先でいいんだと、高を括っていたんです」

橋本さんは言葉を探すように少し間を置きました。

「まさか自分が、こんな形でやっておかなかったツケを払うことになるとは思ってもみませんでした。共働きが長かったため、せめて銀行だけでも共同名義の口座にしておかなかったのが悔やまれます」と、目を伏せながら語り始めた橋本さん。「でも残念ながらきっと、私のように大なり小なり後回しにしてしまう人が多いのではないでしょうか。だからこそ、終活をすることには大きな意味があると思います。これからも、一人でも多くの方に、先送りせず、今できる準備をすることの大切さを知ってほしい」

自らの経験を踏まえたその言葉には、切実な思いと、同じ轍を踏まないようにと、後に続く人たちへの温かなエールが込められているのを感じました。

大切な人との死別は、残された家族にとって深い悲しみを伴う出来事です。その困難な時期に、相続手続きという冷静な判断と多大な労力を要する作業に直面することになります。しかし、事前の準備や家族との話し合いがあるかないかで、精神的にも身体的にも、その負担は大きく変わってきます。

だからこそ、年齢に関係なく、今日からできる終活の第一歩を踏み出すことが、自分自身と残される家族への最大の思いやりとなるのではないでしょうか。

*このコラムは終活に関する一般的な知識や情報提供を目的とするものです。内容の正確さには努めておりますが、必要に応じてご自身で確認、または専門家へご相談ください。このコラムを元にして起きた不利益は免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

海外終活アドバイザー・弁護士アシスタント
「終活をせずに亡くなった!認知症になって困った!途方に暮れた!!」を、「終活しておいて良かった!」「終活してくれていて、ありがとう!」に変えたい!そんな思いから2020年に終活アドバイザー資格を取得。海外在住の日本人向けの「海外終活」についての講座や説明会、ご相談はブログやFacebookなどのSNSをご覧ください。家族はカナダ人の夫+息子2人+猫1匹、バンクーバー在住。

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