新型コロナウイルスが猛威を振るい始めて9カ月。待望の新型コロナワクチン接種が、イギリス、アメリカに続いて、カナダでも2020年12月14日に始まった。
オンタリオ州、ケベック州に続いて、12月15日にはブリティッシュ・コロンビア州でも接種が開始した。
待望のワクチンだが、史上前例のない速さでのワクチン開発、承認に、不安がないわけでない。
そこで今回はアメリカで2020年夏にワクチンの治験に参加した日本人ジャーナリスト片瀬ケイ氏に自身のワクチン治験体験をメールインタビューで語ってもらった。
前編は治験を受けた動機や治験方法など、後編は接種後の反応を紹介する。
新型コロナ感染者数世界最多のアメリカでワクチン接種治験に参加
2020年3月中旬からアメリカで新型コロナ感染者が急増した。
春には感染者が最も多かった中国をあっさりと抜き去り、感染者は12月21日時点で1800万人を超えている。
こうした背景もあり、待ったなしで進められたワクチン開発。まずはアメリカ大手製薬会社ファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテックが共同開発したワクチンがアメリカで承認され、接種が始まった。その前には大掛かりな治験がアメリカ国内で行われていた。
-治験を受ける動機、きっかけ、経緯を教えてください。アジア人の特定年齢層として受けたのでしょうか?
(2020年)春にワクチンの治験が始まったというニュースをテレビで見たのですが、その時は他人事でした。ところが7月ごろから私の住むテキサス州でも新型コロナ感染が爆発的に増え、1日の感染者増がテキサス州だけで1万人を超える状況になりました。
私はダラス在住ですが、テキサス州南部のヒューストンの方では医療崩壊に近い状態でした。8月に入り、地元のテレビニュースで、自宅近くの診療所でコロナワクチンの後期治験が開始されるので、特にマイノリティの治験参加者を募集していると知りました。
米国でコロナ感染や重症化が顕著にみられたのは黒人とラテン系、先住民ですが、アジア系も白人に比べれば感染者が多いです。
生活習慣や基礎疾患なども影響しますが、総体的にマイノリティは家ではできない、出勤が必要な仕事をしている人が多く、白人よりも感染リスクが高い環境にいる人が多いです。私もその一人で、春に3週間弱、全米がロックダウンしていた時も出勤していました。
治験は、色々な人種や年齢の参加者を募って目標に達しないかぎり、結果が出せません。私の住んでいるダラス市はアジア人人口があまり多くないので、参加者の多様性を増やす意味でも協力しようと思いました。
アメリカ政府は国家プロジェクトとしてコロナワクチンの開発を後押ししているので、治験の説明や治験ボランティアに応募するウェブサイトも用意されていましたが、私は治験を実施する近所の診療所に直接、参加希望の電子メールを送りました。
-どこの会社のワクチンを接種しましたか?
ファイザー*のワクチンです。
*アメリカ大手製薬会社ファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテックが共同開発したワクチン
-いつ頃、ワクチン接種を受けましたか?
8月31日に1回目の接種を受け、3週間後の9月22日に2回目の接種を受けました。
-開発中のワクチンの治験を受けることに不安はありませんでしたか?
治験には少人数を対象に投与量や安全性を詳しく調べる早期段階の試験があって、その結果で有望かつ安全性に大きな問題が見られないという結果を踏まえて後期の大規模試験に入ります。
ファイザーは米国では7月末から当初は3万人の参加者を募る大規模試験を開始しました。つまり私が申し込んだ時には、米国内だけですでに2万人くらいは治験で注射を受けている人がいるだろうなと考えたんです。
参加者のうち、本物のワクチンの注射を受けるのは半数なんですが、米国外でも治験をやっていましたから、1万人以上はワクチン注射を受けていたはずです。
有効性はわかりませんが、とりあえず治験参加者に深刻な副反応が出たという報道はありませんでしたし、米国内の別の地域で治験に参加した医療従事者のインタビューなどもテレビでみて、大丈夫だろうと思いました。
絶対大丈夫とは誰にも保証できませんが、治験実施を請け負う診療機関も細心の注意を払って実施する感じで、注射を受けたあとに不調がでたら24時間、担当医師に連絡がつく電話番号を渡されました。
またファイザーは、9月12日には治験対象者数を3万人から4万4000人に増やし、対象年齢も16歳以上(当初は18歳以上)に拡大し、HIV、C型肝炎、B型肝炎の人でも、慢性期で症状が安定している人も対象に加えると発表しました。
このニュースでも、ファイザー側はこのワクチンは基礎疾患がある人も安全に使えると自信を持っているんだなと感じ、心強かったですね。
コロナワクチン治験のランダム化比較試験とは
治験では開発中のワクチンの効果を調べるため、ランダム化比較試験というワクチンを接種するグループとそうでないグループに分けて行われる。
-治験について、少し詳しく教えてください。ランダム化比較試験とは実際にどういうものですか。治験終了後にワクチンを受けたかどうかを知らされましたか?
ランダム化比較試験とは、参加者の半分にプラセボ(偽薬)の生理的食塩水を、残り半分に開発したワクチンを接種して、経過を観察することで効果と安全性を比べる試験です。
プラセボにあたるか、ワクチンにあたるかは、ランダムに振り分けられ、開発側の研究者も、治験を実施する診療所の医師も、参加者も、誰がどちらの注射を受けたかわからないようになっています。
参加者は全員、注射を打ったあとも引き続きマスクをつけて、コロナに感染しないように気をつけながら生活します。それでも、米国のように感染が多い地域で暮らせば、感染してしまう人がでてきます。もしワクチンが有効であるなら、ワクチンの注射を受けた参加者からは感染者はほとんど出ないはずだという仮説を確かめるのです。
医師や治験参加者が、どちらの注射を受けたか知ってしまうと、ワクチンを打ったからコロナにはかからないかも?とか、副反応が出るはずといった思い込みで、行動パターンや感じ方が変わってしまいます。そうしたバイアス(偏見)を避けて、できる限り客観的なデータを取って比較するために、誰がどちらの注射を受けたかは知らされないままです。
-アメリカのFDA(食品医薬品局)は何を根拠にファイザーのワクチンに緊急使用許可を出したのでしょうか?
最終的に4万3448人がファイザーの治験を通して半数がプラセボ、半数がワクチンの注射を受けました。
治験参加者から170人のCOVID-19感染者が出ましたが、そのうち162人はプラセボ注射を受けていた人で、ワクチン注射を受けたのにCOVID-19にかかったという人は8人だけでした。
このため、有効性は95%という結果です。インフルエンザ予防接種の有効性は、年によりますが40%前後で、当初FDAは有効性が50%以上であれば承認したいと言っていたので95%は予想をはるかに上回る成績といえます。
米国内の治験だけで2万人以上がすでにワクチン接種を受け、接種してから2カ月後までをモニターしたかぎりでは、一過性の副反応だけで、深刻な副反応はみられませんでした。
緊急許可なので、何億人という規模で接種した場合に予期しなかった副反応が出るリスクや、長期的なリスクは引き続きモニターして調べるしかなく、子どもや妊婦への適用もさらに調べる必要があるけれど、とりあえず治験で検証した16歳以上の人がこのワクチンを接種することで、COVID-19にかかるのを防げるというベネフィットは、リスクを大幅に上回るという判断だと思います。
実際に医療者に接種をはじめ、何件か深刻なアレルギー反応(アナフィラキシー反応)が出たのでファイザー側が原因調査をするとともに、FDAは接種後、普通の人は15分、アナフィラキシーを経験したことがある人は30分様子を見るというガイドラインを出しています。
一口にアレルギーといってもいろいろあり、食べ物やペット、環境物質へのアレルギーなどを持つ人は治験にも参加していて問題が発生しなかったので、そうしたアレルギーと何件か出ているアナフィラキシー反応とは別の問題のようです。
新型コロナワクチン治験体験者に聞く、ワクチン接種について(後編)
(取材 三島直美)
片瀬ケイ氏プロフィール
アメリカ在住の会社員、ライター、翻訳者。東京生まれ。東京の行政専門紙記者を経て、1995年に留学のため渡米。現在はアメリカ人の夫とともにテキサス州ダラス市に在住。米国の政治社会、医療事情などを共同通信47NEWSをはじめ、さまざまな日本のメディアに寄稿している。「海外がん医療情報リファレンス (cancerit.jp)」に翻訳協力するとともに、Yahoo!ニュース個人のブログ「米国がんサバイバー通信」の執筆者でもある。片瀬ケイの記事一覧 – 個人 – Yahoo!ニュース
関連ニュース記事