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Naomi Mishima

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バンクーバー・ホワイトキャップス2025年シーズンがまもなく幕開け、ホーム開幕はLAギャラクシーと対戦

随所に好セーブを見せたGK高丘。2024年10月5日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
随所に好セーブを見せたGK高丘。2024年10月5日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 MLS(メジャーリーグサッカー)バンクーバー・ホワイトキャップスFCの2025年シーズンが2月23日に開幕する。

 開幕戦はアウェイでカスケディアライバルのティンバーズとポートランドで対戦する。

 ホワイトキャップスには今年もGK高丘陽平選手が在籍する。ホワイトキャップスで3年目のシーズンを迎える。

ホーム開幕戦はLAギャラクシー、いきなり日本人対決実現か?

 ホームの開幕戦は3月2日。対戦相手は吉田麻也選手がキャプテンとして2024MLSカップで優勝したLAギャラクシーだ。

 昨季もバンクーバーで実現した日本人対決だが、今季はいきなり開幕戦でぶつかる。高丘選手は昨年のシーズンオフでのインタビューでは、同じリーグで日本人選手ががんばっているのは心強いと話していたが、ピッチの上では特に日本人対決は意識していないとも。それでもバンクーバーにいる日本人サッカーファンにとっては楽しみな一戦。

試合終了後に話す高丘とLAギャラクシー山根。同じ横浜市出身で少年時代から知っている仲という。LAギャラクシー戦。2024年4月13日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
試合終了後に話す高丘とLAギャラクシー山根。同じ横浜市出身で少年時代から知っている仲という。LAギャラクシー戦。2024年4月13日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 開幕戦でどんなプレーを見せてくれるのか、今季も期待がかかる。

ホワイトキャップス、ゴールキーパーを獲得

 昨季までのイタリア出身バンニ監督に代わって、今季からホワイトキャップスを率いるのはジェスパー・ソレンセン監督。デンマーク出身でこれまでデンマーク以外での選手経験も監督経験もないという。国際試合ではU-21のデンマーク代表監督を務めている。

 バンニ監督は積極的に日本語を覚えるなど高丘選手とも良好な関係を築いていただけに、新監督になってどのように変わるのか気になるところ。

 もう一つ気になると言えば、ホワイトキャップスがゴールキーパーを獲得したことだ。エイドリアン・ゼンデジャス選手(29歳)で、これまでアメリカとスウェーデンでプレーした経験を持つベテランGK。

 高丘選手と切磋琢磨してホワイトキャップスを盛り上げていくことを期待したい。

今年もアップルTVで放映

 MLSは今年もアップルTVで放送される。シーズン中にはカナダのスポーツチャンネルTSNで放送する試合もある。

 3月2日のホーム開幕戦は、アップルTV、TSNで放送される。キックオフは2pm。

ホワイトキャップス3月のホームゲーム

3月2日(日)2:00pm LAギャラクシー戦
3月8日(土)6:30pm CFモントリオール戦
3月22日(土)7:30pm シカゴ・ファイヤーFC戦

吉田選手と高丘選手。LAギャラクシーがBCプレースを離れる直前に。2024年4月13日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
吉田選手と高丘選手。LAギャラクシーがBCプレースを離れる直前に。2024年4月13日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

(記事 編集部)

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今年もバンクーバーで7人制ラグビー「カナダセブンズ」21日開幕、日本代表は男女とも出場

カナダセブンズ3日目、9位決定戦。日本対アイルランド。2024年2月25日、BCプレース・バンクーバー。Photo by Koichi Saito
カナダセブンズ3日目、9位決定戦。日本対アイルランド。2024年2月25日、BCプレース・バンクーバー。Photo by Koichi Saito

 毎年恒例となった7人制ラグビー世界大会HSBCセブンズのカナダ大会「カナダセブンズ」がバンクーバーのBCプレースで開催される。2月21日~23日の3日間、男女各12チームが熱戦を繰り広げる。

 バンクーバーでの開催は今年が10年目の記念大会。2015年に初めてバンクーバーでカナダ大会が開催されて以来、新型コロナウイルス禍でも途切れずに毎年開催されている。2023年からは男女同時開催となり、開催期間もそれまでの2日間から3日間となった。

 7人制ラグビーは2016年リオデジャネイロ五輪から正式種目となり、セブンズ大会も出場権獲得大会になるなど重要な世界大会となっている。フランス五輪が昨年終わったばかりだが、すでに次のロサンゼルス五輪に向けた戦いが始まっている。

日本代表は男女出場、女子は6位と好調

 セブンズ大会が男女同時開催となって3回目となる今大会。女子は毎年コアチームとして参加。過去2回は2023年が9位、2024年は10位と悔しい結果に終わっている。

 しかし今年はここまで3大会を戦って6位につける。今年1月にパースで行われたオーストラリア大会では5位となった。バンクーバーでの活躍も期待できる。

 男子は2023年大会以来2年ぶりにバンクーバー大会に参加。ただし今年は招待チームとして参加するため順位に関係なく1日目と2日目に試合に臨む。対戦相手はカナダとトリニダード・トバゴ。

大会スケジュールはこちら。https://vansevens.com/schedule

セブンズシリーズ、2024-25年大会から6大会に変更

 HSBCセブンズシリーズは2024-25年大会から6大会開催となり、その後にワールドチャンピオンシップが開催され、今シーズンの優勝チームが決定する。

 世界6大会は2024年11月のドバイを皮切りに、12月ケープタウン(南アフリカ)、1月パース(オーストラリア)、2月バンクーバー(カナダ)、3月香港、4月シンガポール。6大会の合計ポイントで上位8チームが、5月にロサンゼルスで行われるワールドチャンピオンシップに出場する。またロサンゼルスでは、9位から12位のチームとワールドラグビーHSBCセブンズチャレンジャー上位4チームが、2025-26年シーズンのセブンズシリーズ出場4チームを掛けて戦う。

日の丸くん。日本代表がトライをするたびに、ビッグスクリーンに映っていた! 2023年3月5日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
日の丸くんたち。日本代表がトライをするたびに、ビッグスクリーンに映っていた! 2023年3月5日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

(記事 編集部)

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「初夢25(2)」~投稿千景~

エドサトウ

 魏志倭人伝の中に卑弥呼が中国の王に絹を献上したとあるのを見れば、九州などの西日本では弥生時代の早くから絹が創られたようである。

 西日本は、蚕のエサとなる桑の木や、蚕が育つこと、気候的に蚕の原産地とされるベトナムと気候が似ていることから、北九州を中心に絹の生産がおこなわれていたようである。その後、古墳時代には、日本海側や近畿地方に広がっていくのではあるまいか?しかし、縄文人は芭蕉の繊維で織った白い布に首を通す穴をあけて、それを羽織り、麻縄の腰紐でしばっていたようである。麻縄は縄文時代の早い時期から作られたようである。

 「5世紀の加羅諸国の活動はそれほど活発ではなかった。400年に南下してきた高句麗軍を任那加羅、安ラなどが倭と協力して撃退したのちは約八十年間、なんの動きも伝えられていない。(やがて)小国が統合し領主的な貴族による統合国家ができた。ーーー」、その中に安ラ出身の漢氏や金海加羅出身の秦氏がいた。さらに、この井上秀雄氏の『古代朝鮮史』を読めば、「百二十二年のこととして玉都(ぎょくと)の人たちは、倭兵の侵入という流れに惑わされ山や谷に逃げ込もうとした。ーーー外部の発達しない地方では、住民が自ら安全な地を求めて山谷にひそむことが多い。」「このように朝鮮の城郭は、中国の県城から始まりながら、山城の創設に見られるように、住民保護を主目的としたものであった。」その住民保護から想像できることは、仁徳天皇陵古墳が、この地域の開拓に携わっていた南朝鮮の倭人や縄文人の大きなグループであったとすれば、何か大きな争いが起きた場合に、お堀のあるこの大きな古墳に逃げ込み、自衛の戦いの用意をしたのかもしれない。また、この人たちを守るユダヤ人傭兵がいたのかもしれない。そのように考えれば、仁徳天皇陵古墳の大きなことが理解できるのである。

 城ではないが北の方角に位置する小高い円墳に登れば、遠くを見ることができるし、弓矢を放つこともできる。南寄りの方墳の広場には高床式の屋敷がありコメなどが貯蔵されてあるとすれば、堀には水が十分にあるから、古墳から住民とともに外敵と戦うことができる。表向きには古墳であっても、開拓者住民の砦であったようにも想像できる。だとすれば、彼らの傭兵にユダヤ系の人がいたのかもしれない。だから、古墳の周りから兵士や馬の埴輪が出てくるのかもしれない。

 だから、古墳であっても実は自衛のための城郭のようなものであったためにか、また鉄の武器や農具を安全に盗賊から保管するためにも頑丈な大きな石でできた石室であったのかもしれない。頑丈なお墓は沖縄のお墓と同じように女性の子宮を意味して、死者が子宮に帰るところであり、また台風などの暴風雨から家族が身を守るところであったようにも想像される。

 <林屋_ーーーやはり韓半島の突端に倭の巨頭保みたいなものが作られておったに違いない。

  司馬_それがこちらから出向いて行ったものか、元来向こうが本尊なのか、そこまで断定すると仮説の世界に入るからいわずとしておくとして、当時は何でそんなに朝鮮と往来がさかんなんだろう。説話でも、神功皇后の朝鮮出兵があったり、とにかく韓半島に執着しておりますね。生活の必要から言えば、先ほども話に出たように、日本列島のほうがはるかに食っていきやすい。であるのに倭の政権があれほど韓半島に支店を置き続けることに執着したのか?

  林屋_それは、やはり半島は大陸の橋みたいなものですからね。大陸が文化、技術の源泉だという考えは牢固としてあるでしょう。現に百済との交流も任那を通じて開けてくる。ですから文化の通路として、何とかあの一角を押さえておきたい、あるいは半島から来る人は大事にする。これは利用せねばならぬという考えはありますね。

  司馬_一つだけ、強烈な魅力としたポイントを選ぶとしたら、鉄でしょうね。> 『歴史の夜咄』司馬遼太郎 林屋辰三郎から

 鉄の道具とか牛馬の動力がなければ、あれだけ大きな仁徳天皇陵古墳はできないであろうと僕は夢のような想像を膨らますのである。

投稿千景
視点を変えると見え方が変わる。エドサトウさん独特の視点で世界を切り取る連載コラム「投稿千景」。
これまでの当サイトでの「投稿千景」はこちらからご覧いただけます。
https://www.japancanadatoday.ca/category/column/post-ed-sato/

「ジャン=ミッシェル・ブレ」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第32回

はじめに

 日加関係を応援頂いている皆さま、音楽ファンの皆さま、こんにちは。

 2月になり、冬が本格化しています。私にとっては3度目の冬ですが、初めて、世界で最も寒い首都の一つというオタワの本領が発揮されていると実感する日々です。寒い日は、氷点下20度を下回る日が続きます。青空で雲一つない晴天で、積もった雪が眩しく感じるような日が実は気温が低いのです。放射冷却現象です。どんよりと曇っている日は、厚い雲が地表面の熱を保存しているせいで、マイナス5度ほどにまで上昇します。

 そんな冬の日々、仕事がら様々な方々にお目にかかり、実に色々な事を学びます。先日は、公邸にカナダ国立美術館の関係者をお招きして夕食を共にしました。公邸の嶋シェフの絶品和食と日本酒で、お互いに打ち解けた雰囲気で、大いに盛り上がりました。話題はトランプ政権、カナダ内政、現代美術の将来、日系人アーティスト、NYのメトロポリタン美術館の歴史、更には2028年の日加外交関係樹立100周年に向けた国立美術館との協力にまで多岐に渡りました。

 私は、食卓でも常に音楽をかけています。BGMですから、音量は控えめです。ちょうど、マイルス・デイビスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」を流している時でしたが、音楽話しが弾み、ジャン=フランソワ・ベリズリー館長が現代のカナダ音楽界で素晴らしいアーティストがいるとして、ピアニスト・作曲家のジャン=ミッシェル・ブレ(Jean=Michel Blais)を教えてくれました。実は、これまで、ブレの音楽を聴いたことはありませんでした。ベリズリー館長は、外交官の息子として世界各地で育ち、長じて名門コンコルディア大学で美術史・現代アートを専攻し、卒業後はサザビーズ、UNESCO等で活躍。48歳の若さで国立美術館の館長に就任した才人です。鋭い感性を備えたベルズリー館長の一押しです。アップル・ミュージックで探して、直ぐにかけました。それが、ブレの音楽との出会いです。

 前置きが長くなってしまいましたが、今月の「音楽の楽園」は、ジャン=ミッシェル・ブレです。

第一印象

 夕食会が終わりゲストの皆様が帰った後、書斎でブレを聴きました。「II」という2016年に発表されたデビュー盤です。胸にすーっと入って来ました。何の準備も要らない。ただ、耳を傾ければ、音楽が染み入って来る感じです。透明でシンプル。必要最小限の音で出来ていると感じました。同時に、ブレは、ピアノと一体化していると感じました。呼吸するように、話すように、微笑むようにピアノを弾いてるのだと。喜怒哀楽が指先からピアノの88個の鍵盤に伝わっているようです。エリック・サティやジョージ・ウィンストン、或いは久石譲を彷彿させます。

 また、ブレの音楽には押し付けがましさとか過度な自己主張が無いとも感じました。私の全く個人的な感覚ですが、傑作や名作と称される音楽の中には、聴くのに凄いエネルギーを要するものがあります。勿論、そこには、巨大な音楽的感動はあるのですが、余り元気のない時には聴く気がしません。ブレの音楽は、真逆です。聴く側に元気があろうがなかろうが、聴く者の心に寄り添うように音楽的な詩情を喚起します。私小説的な親密さを感じさせます。

 聴く者にとって、ブレの音楽は非常に自由です。聴く者の思いを開放する音楽です。例えば、デビュー盤収録の「Casa」という曲は、雪景色の中で聴くと、正に雪にピッタリと感じるのですが、仮に夏の夕暮れに聴けば、暑さの火照る都市の喧騒の中に現れる一瞬の静寂にも似合うように感じます。要するに変幻自在なのです。だから、ジャンルを特定することが出来ません。クラシックの要素もあれば、ジャズ的でもあります。映画音楽にもなるでしょう。目が冴えて眠れぬ夜に聴けば、あっという間に熟睡に誘います。

 そんなブレの来歴が非常に興味深いです。

神童の放浪

 ジャン=ミッシェル・ブレは、1984年4月にモントリオール郊外のニコレに誕生します。父は聖歌隊で歌っていましたし、母はオルガン奏者でもありました。音楽に溢れる家庭で、両親からの影響は陰に陽にあったことでしょう。

 9歳の頃から自宅のピアノで遊び始めたと云います。ジャン=ミッシェル少年にとっては、ピアノは学ぶものではなく、日々の生活の中の自分の分身のような存在になっていたことでしょう。家の中にあるビンやフライパンを叩いたドラムごっこも大好き。ラジオ・カナダで放送される「ワールド・ミュージック」を熱心に聴き、ケルト音楽や東欧の音楽に惹かれたといいます。11歳になる頃には、オリジナル曲を書き始めました。特段、誰かに師事したというのではなく、自然な成り行きだったそうです。

 そして、地元の音楽関係者の間で注目され、17歳にして、ケベック州トロリヴィエール音楽院に進学。本格的に、ピアノと作曲を学び始めました。しかし、ジャン=ミッシェルにとっては、音楽院での音楽の「勉強」は、余りにも制約が多く、喜びよりも苦痛を感じたといいます。何故ならば、自分が本当にやりたい事は、その瞬間のインスピレーションを切り取る即興や変奏、破天荒な音楽的冒険なのだと気がついたからです。周囲の関係者も、音楽院が提供する科目・授業は、彼が欲する音楽とはズレていると感じたそうです。要するに、音楽院には彼の居場所はなかったのです。そうと気が付くと、ジャン=ミッシェルは躊躇なく音楽院を去ります。

 ここからのジャン=ミッシェルの青春の旅路が非常に印象的です。青年は荒野をめざす的な自分探しですね。

 まず、中米のグアテマラに行きます。何故、グアテマラだったかは知る由もありません。が、彼の地の孤児院で4ヶ月に渡って働きます。その後は、ベルリンに行きました。そして、再び南米、アルゼンチンはブエノス・アイレスに渡ります。この間、「ピアノは全く弾かず、ピアノのことも忘れていました」と或るインタビューで述懐しています。

 文字通り、音楽から離れ、故郷から離れた日々が、己を鍛え、真の自分を見出すことに繋がります。

音楽との再会〜自己流スタイルの確立

 ジャン=ミッシェルは、1年余に亘る旅からモントリオールに帰還します。

 その時、家族・友人・知人に見せるような旅先で撮った写真がないことに愕然とします。音楽院での挫折から立ち直る傷心の旅路ですし、元来、カメラを持ち歩くタイプでもないのです。とはいえ、旅先で出会った人や風景や驚きや感動を伝える術が無いことに心が騒ついたことでしょう。そこで、ジャン=ミッシェルは、自分を見出すのです。自分には、写真はないが、音楽があると。ピアノが弾けるじゃないか、作曲できるじゃないか、と。己が経験したことや感じたことを、音楽を通じて表現出来ると。

 或る時、かつて即興的に作曲した曲のディテールを思い出せなかったことがあったといいます。それ以来、断片であれ何であれ、録音しておくようになります。高級な機材ではなく手頃に入手できるもので。自分の部屋の日常的な音も録音されます。それも音楽の一部だと感じるようになります。ここにジャン=ミッシェルの独自のスタイルが出来上がるのです。

 とは言え、この段階では、未だ音楽だけで生活を支えるには至っていません。放浪から帰還したジャン=ミッシェルは、コンコルディア大学で、一般教養を修めると同時に特別支援教育について学びます。そして、ケベック州の特別支援学級の教師となります。情熱をもって教師を勤めつつ、自己の音楽を追求する日々です。有り体に言えば、音楽を趣味とする教師です。趣味と言うには、ほぼプロですが。実は、世の中には、世に出る機会に巡り会わない玄人裸足の音楽家は少なからずいます。ジャン=ミッシェルも10年程そんな日々を過ごします。

Arts & Craftsとの出会い

 特別支援教師の傍ら、自己の音楽を追求していたジャン=ミッシェルは、やがて、完成した曲をBandcampというオンライン・プラットフォームに投稿し始めます。メジャーなレコード会社との契約のない音楽家にとっては、貴重な作品発表の場です。教師とセミプロ音楽家の日々を過ごすジャン=ミッシェルにとっては、教師と音楽を両立できて不満はなかったと言います。ですが、遂に、運命の扉が開きます。

 2015年、31歳になったジャン=ミッシェルは、モントリオール地元のArts & Crafts(A&C)というレコード会社に発見されたのです。キャメロン・リードというアーティストがBandcampで聴いたジャン=ミッシェルの曲に魅せられます。そこで、リードはA&Cの関係者に彼の音楽を紹介します。美しいというだけでは音盤になりません。レコード会社も民間企業ですから商売にならなければ意味はありません。この時、A&Cのプロデューサーはジャン=ミッシェルの音楽にサムシングを感じたといいます。無駄な装飾のない音楽の原風景でしょうか。A&Cは、ジャン=ミッシェルに連絡を取ります。最初のコンタクトに関し、ジャン=ミッシェルは、冗談だと思って、送られてきたEメールを削除しそうになったと語っています。最終的には、双方のコミュニケーションが取れて契約に至ります。条件は、教師を辞めて、音楽に専念することでした。生活が一変する訳ですから、逡巡もあったに違いありませんが、プロの音楽家としての道を歩み始めました。

 デビュー盤「II」は、ジャン=ミッシェルの自宅で録音されました。使用楽器は、自宅のアップライト・ピアノとキーボード。録音時の生活音もありのままに含まれています。耳をすませば、雨、子供たちの声も聞こえます。即興的に作られた8曲が収録されています。

 今や、音楽は、高度に産業化され、最新の設備で工業品のように生産され商品にされています。そんな中にあって、「II」は手作り感いっぱい。時代の流れから超然としていると言えば、褒め過ぎですね。でも、偽らざる等身大の音楽です。シンプルな音楽ですが、旋律が生きています。何度聴いても発見があり、新鮮です。

 タイム誌「今年のベスト10アルバム」にも選択されました。そして、ジャン=ミッシェル・ブレは、素晴らしい楽曲を生み続け飛翔します。

カンヌ映画祭

 2019年には、ジャン=ミッシェルは、ケベック出身のグザヴィエ・ドランが監督・脚本・主演を務めた映画「マティアス&マキシム」の音楽を担当しました。ドラン監督は、幼少の頃から子役も務めたカナダ映画の申し子です。友情と恋愛の境界線と自己認識の揺らぎを繊細に描いた本作品は、映画の批評家筋から高い評価を得て、カンヌ映画祭においてプレミア上映されました。映画音楽はジャン=ミッシェルです。音楽が全面に出過ぎず、しかし、映画を観る者にそれぞれの場面の情感をリアルに伝えるのです。彼が映画のために提供した音楽は、目と耳の肥えたカンヌの批評家等を魅了しました。カンヌ映画祭のサウンドトラック部門を受賞したのです。

 この受賞に関し、ジャン=ミッシェルは「映画音楽作曲家として仕事が出来るなんて思ったことはありませんでした。まして、カンヌに来れるなんて」とSNSでコメントしています。謙虚な人柄の一端が現れていますね。

 その後も着実に名盤をリリースしていますが、もう1枚だけ。

aubades

 私が最も好きなアルバムが2022年に発表された「aubades」です。このタイトルは、直訳すれば「夜明けのセレナーデ」です。ここには、新しい始まりに歓喜し、未だ見ぬ出会いを応援するような響きがあります。闇に抱かれた夜が終わって、これから登る陽光への憧憬があります。

 ジャン=ミッシェルは、この音盤について「私は、ロックダウンの最中に自宅で一人、離婚の手続きをしていました・・・孤独に負けないよう、自分自身を癒すために書いたものなのです」と語っています。

 全11曲が収録されていますが、ピアノを軸にしつつも、弦楽器と管楽器が音楽の陰影を深く多彩に仕上げています。アップル・ミュージック版には本人が記した簡単な解説が付してあります。そこには、フィリップ・グラス、ドビュッシー、チリー・ゴンザレス、ヤニー、サティ、ショパンといった作曲家の名前も言及されています。創作の過程を垣間見る思いです。

結語

 ジャン=ミッシェル・ブレは、今年41歳。デビューから9年、いよいよ脂が乗って来たようです。1オクターブに存在する12の音の順列組合せが生む、音楽の無限の可能性を自然体で、さりげなく見せてくれます。頭脳ではなく心が感じる旋律の妙があります。

 最新盤は、3月発表予定の「désert」です。将来がいよいよ楽しみです。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

第21回 デジタル時代の想いの伝え方~新しい記録と継承の形~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

厳寒の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。バンクーバーでは、凍てつく朝も多い中、時折晴れ間が覗き、午後4時を過ぎても空が少しずつ明るくなってきているのを感じます。日一日と陽が長くなり、春の気配を少しずつ感じられる季節となってきました。

最近、こんな出来事がありました。ある高齢の方が、スマートフォンを見ながら困っておられました。「孫から送られてきた写真、どこに保存するんだろう」と。でも、その方の表情は嬉しそうでした。「離れていても、こうやって孫の成長が見られるってありがたいね」と。

この光景に、私は想いを伝え、記録を残すことの新しい可能性を感じました。今回は、デジタル時代ならではの、想いの伝え方についてお話ししたいと思います。

手書きの文字には、その人らしさや温もりが宿ります。1人1人違った筆跡、筆跡のくせや好んで使う言葉や言い回し、書かれた文字に込められた想い、これらは、デジタルでは決して代替できない大切な価値です。「あぁ、これはお父さんの字だ」と微笑むとき、そこには温かな記憶が一緒に蘇ってくるものです。

一方で、デジタル技術は、私たちに新しい表現方法を提供してくれています。

例えば、

母の味を伝えたいとき

– レシピを書き留めるだけでなく、調理の様子を動画で撮影
– 出来上がりの写真と共に、コツやポイントを音声で説明

大切な思い出を残したいとき

– 家族旅行の写真をデジタルアルバムに整理
– 写真に場所や日付、エピソードをデジタルメモとして添付
– 思い出の場所をGoogle マップでマーク

家族の歴史を伝えたいとき

– 古い写真をスキャンして、デジタル保存
– 祖父母の声をスマートフォンで録音
– 家系図をデジタルで作成し、写真や情報を追加可能に

特に海外在住の私たちにとって、デジタル技術は距離を越えた情報共有を可能にしてくれます。日本の家族と共有クラウドフォルダを作り、必要な書類や情報をアップロードしておく。また、デジタル文書なら多言語での記録も簡単になります。

ただし、デジタルツールを使う際は、気をつけたい点がいくつかあります。

セキュリティの配慮

– パスワードを適切に管理しておく
– バックアップを忘れずに

アクセシビリティの確保

– 高齢の家族でも扱いやすいツールを選ぶ
– 必要な情報へのアクセス方法を明確にしておく

先日、あるご家族がこんな話をしてくださいました。「母が残してくれた手書きのメモ書きを、家族みんなで少しずつデジタル化しています。スキャンした文字を見ながら、母の声が聞こえてくるような気がして…」。特に若い世代は紙という物質的なものより、スクリーンから見ることに利便性を感じているため、手書きの温もりとデジタルの利便性が見事に調和した、素敵な取り組みだと感じました。

大切なのは、これらのツールが「手段」であって「目的」ではないということ。

デジタルであれ手書きであれ、あなたの想いを大切な人に伝えるための架け橋となれば、それで十分。この機会に、手書きとデジタル、それぞれの良さを活かしながら、あなたの想いを未来に思い描いていけたら楽しそうですね。

*このコラムは終活に関する一般的な知識や情報提供を目的とするものです。内容の正確さには努めておりますが、必要に応じてご自身で確認、または専門家へご相談ください。このコラムを元にして起きた不利益は免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

グローバルライフデザイナー
2015年、友人の孤独死と相続問題をきっかけに、カナダのバンクーバーで遺言・相続専門の弁護士アシスタントとしてキャリアをスタート。2020年には終活アドバイザー資格を取得し、終活の視点を取り入れた知識と実務経験を活かしたノート術とコンサルティングを提供しています。
「終活せずに困った!」という後悔の声を「やってて良かった」「ありがとう」と笑顔で未来を彩ることをライフワークとしており、これまで300名以上に国境を越えた安心感を届けています。国内外問わず、すべての人が大切な未来をデザインできるようサポートしています。 家族はカナダ人の夫、2人の息子、愛猫1匹。日々の活動や最新情報は、メルマガ、ブログ、SNSで発信中。

メルマガ:https://www.shukatsu.ca/mailmagazine
ブログ: https://globalmesen.com/
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著書「海外在住日本人のための50代からの終活」:​​https://a.co/d/ad4OeLw

注目のカナダ自由党・党首選、トルドー首相の後任は誰に?

会見するトルドー首相。2016年3月2日、バンクーバー市。Japan Canada Today
会見するトルドー首相。2016年3月2日、バンクーバー市。Japan Canada Today

 年明け早々にジャスティン・トルドー首相が辞任表明し、カナダ政治2025年の幕が開けた。今年はカナダ政府にとって重要な案件が続く。議長国としての主要7カ国(G7)首脳会議開催、連邦総選挙、そしてなにより1月20日に誕生したアメリカのトランプ政権対応だ。

 これらを乗り切るために自由党を率いる次期党首選びがいよいよ始まった。

党首選の候補者は6人に

 1月6日にトルドー首相が辞任を表明して以降、党首選に立候補する可能性があるさまざまな名前が挙がった。ルブラン財務大臣、ジョリー外務大臣、アナンド運輸大臣、フレーザー元住宅大臣、シャンパーニュ産業大臣などなど。中には、ブリティッシュ・コロンビア州元州首相クラーク氏の名前もあった。フランス語を猛特訓中とかで、本人も昨年のテレビインタビューで出馬についてまんざらでもなさそうだった。しかし結局はこうした主力閣僚は早くに立候補しないことを表明。中には次期選挙にすら出馬しない意向を表明する閣僚もいた。

 そんな中、党首選に名乗りを上げたのは、元財務大臣兼副首相のクリスティア・フリーランド議員、元下院政府総務カリーナ・グールド議員、ジェイミー・バティステ議員、元国会議員のルビー・ダーラ氏とフランク・ベイリス氏。そして、元カナダ中央銀行総裁のマーク・カーネイ氏だ。議員のチャンドラ・アリア氏も手を挙げたが党から出馬することを許可されなかった。最終的には6人で党首の座を争うことになった。

 現時点で有力視されているのはカーネイ氏とフリーランド元財務大臣。そんな中で注目は自由党議員の支持。CBCによるとカーネイ氏が74、フリーランド元財相は26。内訳はさらに興味深く、元閣僚のほとんどがカーネイ氏を支持している。

 カーネイ氏は元カナダ中銀総裁だが議員の経験はない。全く議員経験のない人を党首に選ぶことはできるが、現在与党の自由党は党首に選ばれた人がそのまま首相になる。その後には、今年はG7もあり、連邦選挙もあり、トランプ大統領とも対峙しなければならないという厳しい状況が待っている。それ以上に、野党が国会が再開する3月にも不信任動議を提出し自由党政権を倒すと意気込むという状況で、外相、財相、副首相を経験し、トランプ第1次政権も乗り切ったフリーランド議員ではなく、議員未経験のカーネイ氏を元閣僚のほとんどが支持しているのは興味深い。

 世論調査では、アンガスリードも、アバカスデータも、カーネイ氏が党首になった方が自由党を支持する人が増えるという結果を発表している。ただし、保守党支持を超えるほどではない。どちらが党首になっても厳しい状況には間違いない。

 さらに2月3日にはトルドー首相とトランプ大統領の電話会談の結果、ひとまずアメリカからの関税25%課税が30日間延長となったが、その後の対応は新首相が継続する。

 投票日は3月9日。10年ぶりに新しい首相が誕生する。

(記事 編集部)

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トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 「お弁当やお茶はいかがですかー」などと乗務員が乗客に声を掛け、商品を収納したワゴンを押して列車内で売り歩く―。そんな巡回式の車内ワゴン販売が日本の鉄道から相次いで消えている。東海道新幹線(東京―新大阪間)で2023年10月末をもって全て終了し、山陽新幹線<新大阪―博多(福岡市)間>でも24年3月末で全廃された。それだけに、カナダ最大都市のトロントから首都オタワまでのVIA鉄道カナダの列車で車内販売が回ってくると反射的に注文したが、日本とは「一風違う」点があった…。

【車内ワゴン販売】乗務員が商品を収納したワゴンを押して、列車内で販売するサービス。近年相次いで廃止されたものの、JR東日本の東北・上越・北陸・秋田・山形新幹線と中央線の特急「あずさ」、特急「ひたち」のそれぞれ一部列車などに残っている。

 日本ではもともと商品を入れた箱や、かごを持って車内を売り歩くスタイルだった。日本の旧鉄道省の1935(昭和10)年度の年報によると、JRグループの前身となる国有鉄道で「旅客サービス改善の一助として」34年12月1日から食堂車を連結していない列車の一部区間で弁当やお茶の試験販売を始めた。弁当やお茶を求める利用者の需要が多かったものの、途中駅の停車時間が短いため販売員が乗り込んで売り歩いたところ「実施後の成績良好のみならず一般旅客に好評を得た」とし、35年に「列車内乗込販売手続き」が定められて同年11月1日に施行された。

 第2次世界大戦後の1958年には、当時の日本国有鉄道(国鉄)は食堂車を連結していない列車で弁当とお茶、雑貨を売り歩く車内販売を開始。ワゴンを押しての販売が導入され、最初の東京オリンピックが開かれた64年の東海道新幹線の開業時にも車内ワゴン販売が採り入れられた。

同じ時刻の列車で別の列

 カナダ最大の都市の玄関口らしく、トロント・ユニオン駅は石造りの風格あふれる駅舎だ。足を踏み入れると上まで吹き抜けになっており、開放感を味わえる。その一角には昔ながらの有人切符売り場があり、その上にVIA鉄道の発車案内を記した電光掲示板がある。

トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)

 「列車番号50番 オタワ行き」と記されており、その脇には旅行時の発車時刻を「定刻 午前6時47分発(現在は午前6時32分発)」と表示していた。スケジュール通りであることに胸をなで下ろし、乗り場に向かう下りのスロープを進んだ。

 すると、列車番号50番のオタワ行きと記された立て札があり、乗車を待つ長い列ができていた。さすがはVIA鉄道の旅客収入の約8割を稼ぎ出している主力区間の「ケベックシティー―ウィンザー回廊」に含まれる区間だけあって盛況だ。

 VIA鉄道によると、トロント―オタワ間は平均4時間26分かかり、エア・カナダなどの旅客機の平均1時間3分の4倍に達する。しかし、空港は郊外にある上、搭乗前の保安検査などがあるためカナダ連邦政府は国内線利用者に1時間半前までに到着するように呼びかけている。

 そうした時間も考慮に入れると、鉄道が航空機より断然遅いとは言えない。二酸化炭素(CO2)排出量も低減でき、普通車に相当するエコノミークラスの割引運賃で54カナダドル(1カナダドル=105円で5670円)というディールは決して悪くないと思った。

 近くの一角には、同じように首を長くして乗車案内を待つ別の列ができている。そちらは午前6時47分(現在は午前6時32分)の「列車番号60番 モントリオール行き」の利用者だ。

 オタワ、モントリオールともにトロントの東にあり、同じ方向の列車がなぜ同じ出発時刻なのか。それは両方の列車が連結してトロントを出発し、途中で切り離してそれぞれの目的地に向かうからだ。

 もしも同じ列に並ばせると、利用者が間違った行き先の列車に乗ってしまうリスクがある。そこで、あらかじめ異なる列にすることで区分けし、ご乗車ならぬ「誤乗車」を防いでいるのだ。

自慢の新型車両がお待ちかねと思いきや…

VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)

 係員の「進んでください」という指示とともに、列の先頭が上りエスカレーターに乗り込んだ。VIA鉄道はケベックシティー―ウィンザー回廊でドイツの鉄道車両大手、シーメンスが造る新型車両の導入を進めており、ホームページでは自慢の車内を「人間工学に基づいて設計された座席により、リラックスした乗車が実現します。体を伸ばせるゆったりした空間で景色をお楽しみください!」とアピールする。

VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)

 そんな紹介文を読んでいた私は、エスカレーターで上がった先のプラットホームにはピカピカの新型車両が待ち受けているのではないかと予想した。

 ところが、ホームに上がった時に視界に入ったのは、ディーゼル機関車に連結された薄汚れたステンレス製の旧型客車だった。アメリカの金属加工メーカーの旧バッドなどが製造し、1946年の登場から「傘寿」(80歳)を迎えようとしている古参車両だ。

トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)

 車内に入って予約した座席に行くと、クロスシート同士の足元の前後間隔は狭く「体を伸ばせるゆったりした空間」とはほど遠い。座席のビニール製の表皮もくたびれており、新型車両にかなわないのは火を見るより明らかだ。

VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)

 だが、新型車両への置き換えで引退し、廃車になってしまうのは時間の問題だ。「乗るなら今でしょ」と気持ちを前向きに切り替え、座席に腰かけた。

 列車は定刻通り発車したものの、オンタリオ州の公共交通機関「GOトランジット」の通勤列車(本連載第18回参照)が次々と行き来する時間帯だけに低速運転が続いた。

 その後スピードを上げると縦揺れがすさまじく、まるでトランポリンの上ではねているかのようだ。うとうとして眠りに落ちることも許されない移動空間でどのように過ごそうかと思案していると、私が心待ちにしていたサービスが出現した。

“応援買い”ともう1つの動機で飛びつく

VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)

 車内販売のためにカートを押した客室乗務員が隣の客車から移ってきたのだ。以前、奮発してJRのグリーン車に相当するビジネスクラスに乗った際には食事と飲み物が出てきたが、今回はエコノミークラスなので別料金なのは間違いない。

 それでも、私には車内ワゴン販売に飛びつきたいという購買意欲があふれていた。動機が2つあった。JRで車内ワゴン販売を廃止する列車が相次ぎ、東海道新幹線で名物の「シンカンセンスゴイカタイアイス」を車内で買えるのも一部列車のグリーン車のモバイルオーダーサービスだけとなってしまった。そこで1つ目の動機はVIA鉄道で残っているのは喜ばしく、“応援買い”をしたくなったのだ。

 もう1つの動機は、トロント・ユニオン駅の地下街にある物販店は閉まったままで朝食とホットコーヒーを購入できなかったためだ。JRで車内ワゴン販売の廃止が続出している背景には「駅ナカ」と呼ばれる駅構内商業施設を拡充し、弁当を買ってから乗車する利用客が増えたことや、「人手不足によって販売員の採用が難しくなった」(JR大手幹部)ことが影響している。ところが、トロント・ユニオン駅では少なくとも競合する物販店が閉まっており、自動販売機が充実している日本とは異なるためアンメットニーズ(満たされていない顧客の潜在的な欲求)があるのだ。

価格は日本のエキナカならば…

 ワゴンを押して回ってきた男性客室乗務員に、クロワッサンにハムを挟んだサンドウィッチと、ホットコーヒーを注文した。商品を折りたたみ式のテーブルの上に置いたので、支払いのためクレジットカードを渡そうとすると「それは後で」という。

VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)

 「一風違う」販売方法に首をかしげ、そのまま待っていると別の男性客室乗務員がやって来て注文内容を確認した。「ハムのサンドウィッチとホットコーヒーを注文しました」と話すと、乗務員は「そこにあるのはターキーサンドウィッチだね。間違っているので交換してくる」と言って代わりにハムのサンドウィッチを持ってきた。

 つまり2人の乗務員で役割分担ができており、1人は商品の手渡し、もう1人は注文内容の確認および決済をそれぞれ担当しているのだ。この方式ならば商品や会計の間違いを防ぐ効果があり、不正会計防止の狙いもありそうだ。

 私はアメリカのクレジットカードで支払ったところ、価格は11・09アメリカドル(1ドル=155円で約1720円)だった。実に高い!

 JR東日本の横浜駅ならば「ベックスコーヒーショップ」でソフトフランスパンにソーセージとポテトサラダを挟んだ「ソーセージ&ポテト」にホットコーヒーが付くモーニングセット「ソーセージ&ポテトセット」(530円)で朝食を済ませた上で、昼食のために崎陽軒の「シウマイ弁当」(1070円)と550ミリリットル入りのペットボトル入りミネラルウオーター「フロムアクア 谷川連峰の天然水」(120円)まで買えてしまう金額だ。

 つまりVIA鉄道の車内ワゴン販売の1食分の金額で、日本のエキナカならばより充実した食事を2食分賄えてしまう計算だ。

 もっとも、為替の円安ドル高傾向による輸入品価格の上昇などが響き、日本でも値上げラッシュの様相を呈している。総務省によると、2024年12月の生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)は前年同月より3・0%上がった。

 それでも新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の制約に直面し、2022年6月にCPIの前年同月比上昇率が8・1%とピークを付けたカナダに比べれば物価上昇のペースは緩やかに推移している。

 日本政府は「わが国はデフレ(持続的な物価下落)から脱却していない」という認識を今も変えていない。個人的には違和感を抱いているものの、海外の物価水準と比べると「デフレ状態」のように受け止める向きがあることには一定の理解もできよう。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「古典を愉しむ⁕日本舞踊ワークショップ」のお知らせ

お寺de日本舞踊(子供&大人)

216日(日曜日)
午後1時~2時

日本舞踊は、日本の伝統芸能の一つで、優雅な踊りやしぐさが魅力です。
日本舞踊の基本や挨拶の仕方、扇子の開き方、歩き方などを体験してみませんか?
ご希望の方には、浴衣レンタルもございます。

<参加費>

お寺de日本舞踊ワークショップ(子供&大人)
$10/小人(対象年齢:3歳~12歳) 無料/保護者
$20/大人(13歳~大人)

浴衣レンタル
$10/小人 (対象年齢:3歳~12歳)
$20/大人(13歳~大人)

<講師>
藤田ともえ女史
経歴:日本、東京浅草で藤間流日本舞踊を習得。
東京出身 バンクーバー近郊在住

  藤田先生は、『東漸寺』と『和の学校@東漸寺』への奉納舞として、講師料金をお寺に寄付してくださっています。
心より感謝申し上げます。   

<和の学校@東漸寺イベント及び各種教室のお申し込み*お問い合わせ>

和の学校@東漸寺TOZENJI コナともこ tands410@gmail.com

住所 209 Jackson street Coquitlam, B.C.

和の学校@東漸寺ホームページ https://wanogakkou.jimdofree.com/

*ご紹介キャンペーン中*大人のみ

ご紹介した方、された方、初回が$15となります。
是非、お友達をお誘いの上、ご参加くださいませ。

和の学校@東漸寺2月のお知らせ

今年最初のお知らせです。

和の学校@東漸寺は、日本文化を学び継承する活動をしています。

親子で、お友達と、または新しいことを始めるためにおひとりでも、ご一緒に楽しませんか。

本年もどうぞよろしくお願いいたします

「フィルム向/殺陣教室」
2月2日、9日、23日  (日曜日)
午前10時~午後11時半 「殺陣*レギュラークラス」
午後12時~午後1時半 「殺陣*基礎クラス」

<参加費> 
❍レギュラークラス、基礎クラス
$20/回

「着付教室、着物ワークショップ/着物クラブ」

ご自分で着物を着て、お出かけしてみませんか。

初心者向けの着付け教室です。

着物及び帯や小物のレンタルもしております。(有料)

毎週日曜日 地下道場又は本堂にて

*日時について変更もございますので、その都度ご連絡をいただけましたら幸いです。

<参加費>
❍通常教室$20/回(グループクラス;最少人数3名)
*セミプライベートやプライベートクラスもございます。
❍レンタル着物&名古屋帯$30/回 レンタル浴衣&半幅帯$20/回 

「お寺de日本舞踊ワークショップ」

日時;TBD

日本舞踊は、日本の伝統芸能の一つで、優雅な踊りやしぐさが魅力です。

日本舞踊の基本や挨拶の仕方、扇子の開き方、歩き方などを体験してみませんか?

ご希望の方には、浴衣レンタルもございます。

<参加費>
❍ワークショップ(子供&大人)
$10/小人(対象年齢:3歳~12歳) 無料/保護者
$20大人(13歳~大人)

❍浴衣レンタル
$10/小人 (対象年齢:3歳~12歳)$20/大人(13歳~大人)

*  担当講師は、『東漸寺』と『和の学校@東漸寺』への奉納舞として、講師料金をお寺に寄付してくださっています。

心より感謝申し上げます。

「茶話タイム」

午後12時~1時

(茶話タイム内では、各種お教室に参加された方同士の社交の場として、お愉しみください。着物クラブを同時開催することもございます。)

❍茶話タイム $5~ドネーション/教室への参加者は無料です。

<和の学校@東漸寺イベント及び各種教室のお申し込み*お問い合わせ>

和の学校@東漸寺TOZENJI コナともこ tands410@gmail.com

住所 209 Jackson street Coquitlam, B.C.

和の学校@東漸寺ホームページ https://wanogakkou.jimdofree.com/

2025年度 建友会新年会

クイズ大会の様子。2025年建友会新年会
クイズ大会の様子。2025年建友会新年会

1月22日に建友会新年会を開催しました。

木山領事・小林領事をはじめ、他団体の代表の方も参加され、総勢34名での開催となりました。

松原会長の挨拶、領事、他団体の代表の方の紹介、木山領事の新年の挨拶および乾杯の音頭、新役員の紹介、参加会員の自己紹介が終わった後は、ブッフェ形式のお食事会となり、食べきれないほどの食べ物が並びました。

お食事会のあとは恒例のゲームの時間です。テーブル対抗クイズ大会で、問題に対しテーブルごとに話し合い、一問一答にたいへん盛り上がっていました。正解が多いテーブル順に、各自が持参したプレゼントの山から好きなものを取っていきました。

本年度も新しい役員と共に、皆様にお役に立てる情報や機会を提供できるよう頑張ってまいりますので、どうかよろしくお願いいたします。

木山領事からの新年のあいさつ。2025年建友会新年会
木山領事からの新年のあいさつ。2025年建友会新年会

(寄稿 建友会)

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「新年の寿ぎ*点初」

カナダde着物

第67話 
着物生活、日本と海外を行ききして

 皆さま、新春お喜び申し上げます。

 日本では「寿ぎ(ことほぎ)」という言葉に込められた意味が大切にされているそうです。

 『寿ぎ』は、相手の幸せや健康・繁栄を願う気持ちを表す言葉、『点初(てんぞめ)』は、茶道や書道の行事で用いられる言葉で、年の初めに特別な意味を持っています。

 新年のご挨拶にはさまざまなものがありますが、口に出すと不思議と清らかで優しい気持ちになりますね。

 皆さんが健やかで幸せな一年を迎えられることを心よりお祈りいたします。

「Golden Hour Vista!」Manto Artworks
「Golden Hour Vista!」Manto Artworks

*今日の着物*Today’s Kimono

「着物生活、日本と海外を行ききして」

 皆さんは着物をどのくらいの頻度で着られていますか?なかなか着るチャンスがないという方も多いかもしれません。私自身の経験では、日本にいる時よりもカナダにいる時の方が、着物を着る機会が増えました。

 カナダにほとんどの着物を持ってきてしまったというのも一因ですが、日本滞在中は何かと忙しく、よく動き回るため、つい洋服を選んでしまいます。特にお茶会など、特別な行事がない限り、普段は着物を着ることが少なくなってしまいます。不思議なことに、日本にいる時よりも、カナダで着物を着ることが多くなったのです。

 カナダでは、着物を着ること自体が珍しく、特別感があるからか、着物を着ると何だかその存在感が際立ちます。カジュアルな日常生活でも、着物を着ることで日本文化を感じ、また新たな自分を発見することができるのです。

 カナダで着物に興味を持ってもらえる機会が増えることも、着物を楽しむ大きな理由の一つです。

 逆に、日本では着物は特別な場面で着るものという感覚が強いので、日常的に着る機会が少ないのが現実です。それでも、日本にいてもカナダにいても「着物を日常に取り入れる」という意識を持ち続けることで、もっと着物を楽しめるようになるのではないかと思います。

 皆さんはどんな時に着物を着ることが多いですか。日常生活にどのように着物を取り入れていますか。

 カナダで着物を楽しむポイントを上げてみましたので、ご参考にされてください。

  • 着付けのレッスンを受ける:個人の先生、日本文化のコミュニティセンター、お寺で、着物の着付けを学ぶことができます。
  • 着物を購入する:日本で呉服屋や中古着物店、オンラインショッピングで購入する。カナダの和物店、オンラインショッピング、日本のコミュニティセンターで中古を購入する。
  • 着物を日常に取り入れる:イベントや特別な日に限らず、カジュアルな着物スタイルで、パーティーやデートに行く。
「日系センター合同新年会2025にて」コナともこ
「日系センター合同新年会2025にて」コナともこ
「お祝いの席には、橘をあしらった訪問着などは、いかがですか」コナともこ
「お祝いの席には、橘をあしらった訪問着などは、いかがですか」コナともこ

*今日の和の学校*Today’s Gathering

「着物でお祝い 2025成人の日」

 今年も東漸寺では、二十歳を迎えた皆さまが華やかな着物でお詣をされました。
 カナダで育っても日本にルーツがあることに誇りを持っていただけたら幸いです。
 「ご成人、おめでとうございます!」

「東漸寺の本堂にて、成人のお祝い、厄除け法要が行われた。2025年1月19日」コナともこ
「東漸寺の本堂にて、成人のお祝い、厄除け法要が行われた。2025年1月19日」コナともこ
「お参りに来られた成人をむかえた女性。写真撮影もされました」コナともこ
「お参りに来られた成人をむかえた女性。写真撮影もされました」コナともこ

*参照*

日本の行事.暦 
http://koyomigyouji.com/index.html

晴れ着の丸昌  振袖について
https://www.hareginomarusho.co.jp/contents/irotomesode/222

「着物語り」
コナともこさんが着物の魅力をバンクーバーから発信する連載コラム。毎月四季折々の着物やカナダで楽しむ着こなしなどを紹介します。
2020年8月から連載開始。第1回からのコラムはこちらから

コナともこ
アラフィフの自称着物愛好家。日本文化の伝道師に憧れ日々お稽古に励んでおります。
13年前からコキットラム市の東漸寺で「和の学校」を主宰。日本文化を親子で学び継承する活動をしております。

年間を通じて季節の行事に加え、お寺での初参り、七五三祝い、十歳祝い、元服祝い、二十歳祝い、結婚式、生前葬、お葬式などの設えと装いのお手伝いもさせていただいております。

*詳しくはコナともこ までお問い合わせ下さい。tands410@gmail.com
東漸寺は非営利団体で、和の学校の収益は東漸寺の活動やお寺の維持の為に使われています。

カナダ人の夫+社会人と大学生の3人娘がおり、バンクーバー近郊在住。

和の学校ホームページ https://wanogakkou.jimdofree.com/
インスタグラム https://www.instagram.com/wa_no_gakkou_tozenji/
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東漸寺Tozenji Temple https://tozenjibc.ca/

コナともこ
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「東漸寺🌸春🌸2024」Manto Artworks
「東漸寺🌸春🌸2024」Manto Artworks

カナダで活躍する日本人薬剤師たちの物語

増え続ける日本人薬剤師

 テレビ番組のような仰々しいタイトルをつけてしまいましたが、今回から複数回に渡り、私以外の日本人薬剤師の皆さんを紹介しようと思います。それというのも、カナダで16年間この仕事をしている間に、日本語を話す日本人薬剤師の数は徐々に増え、それほど珍しい存在ではなくなってきました。また、新型コロナウイルスの収束以降、カナダの薬剤師を目指したいと連絡を下さる方も増えてきています。これはなんとも明るい話ではありませんか。

 薬剤師とは、一般的には薬のスペシャリストという普遍的な職業に思えますが、その役割や働き方は国や文化によって大きく異なります。日本では主に調剤や患者への服薬指導が中心とされていますが、カナダでは薬剤師の職能はより幅広く、地域のヘルスケアにおいて欠かせない存在です。例えば、カナダでは、薬剤師が特定の薬を処方したり、予防接種を行うことが認められており、日本とは異なる責任と権限が与えられています。

 こうした環境の中で活躍する日本人薬剤師の皆さんは、かつての私がそうであったように、文化や医療制度の違い、そして言語の壁を乗り越えながら、自らの力で道を切り開いてきました。こうした挑戦には大きな意義があり、現地で信頼される薬剤師となるまでの過程は、まさにチャレンジの連続だったと言えます。

 そんな日本人薬剤師の皆さんの経験や奮闘記、そして未来への展望を紹介していきます。今回は、学生時代から海外研修を体験し、ワーキングホリデーをきっかけにカナダへ渡り、薬剤師となった宮崎県出身の新地エリカさん(以下、エリカさん)をご紹介します。エリカさんのストーリーを通して、カナダでの薬剤師という仕事の魅力と、日本人薬剤師としての活躍の可能性を探っていきたいと思います。

海外への挑戦と薬剤師としてのキャリア形成

 ウエストバンクーバーからフェリーで40分のところに、私が住むギブソンズがありますが、そこからさらに車で約30分走ったところにシーシェルト(Sechelt)という町があります。

 このシーシェルトのショッパーズドラッグマートに勤務する新地エリカさんの薬剤師としてのキャリアは、高校時代に両親の勧めで薬剤師を目指したことから始まりました。自称「安定志向」の性格と医療関係者の親類の影響を受け、薬学の道を進む決意を固めました。日本で6年制薬学教育が始まって間もない時期に大学に進学し、もともと病院薬剤師を志していましたが、在学中に薬局薬剤師の楽しさに気づき、卒業後は薬局薬剤師としての道を選びました。

カナダの薬局でのカルチャーショック

 エリカさんが薬剤師免許取得前に実習を行ったショッパーズドラッグマートでは、一般的なカナダ流のカスタマーサービスだけでなく、薬剤師による予防接種やハームリダクションの概念に触れ、大きなカルチャーショックを受けたといいます。ハームリダクションとは、薬物依存や感染症のリスクを軽減するための実践的なアプローチであり、その一環として薬局では清潔な注射針を販売することがよくあります。この取り組みは、患者の健康を守りながら社会全体のリスクを減らす重要な役割を果たしておりますが、日本の大学教育ではそこまで習いませんから、エリカさんはこの実習を通してハームリダクションの意義を深く理解するようになりました。また、カナダでは、薬剤師が経口避妊薬の処方を行うことができ、患者のニーズに応じた柔軟なサービスが提供されていますが、日本から来た薬剤師がまず面食らうのは、経口避妊薬の種類の多さです。患者さんの健康状態やライフスタイルに応じてホルモン量や成分の異なる経口避妊薬や子宮内装具などを提示するのも薬剤師の仕事とはいえ、この領域をマスターするのは大変苦労したそうです。

現場での工夫と課題

 エリカさんは、2024年1月から薬局のマネージャーを務めているだけでなく、今年2月からフランチャイズオーナーへの昇進が決まっており、ショッパーズドラッグマートの「クリニカルサービスに重点を置く」というフィロソフィーを基盤に、薬剤師としての専門性とビジネスとしての運営のバランスを模索しています。例えば、トラベルコンサルテーションや予約ベースの予防接種などのワークフローを導入し、効率的なサービス提供の実現に挑戦しています。最近では、ファーストネーション向けに、薬剤師による処方サービス(MACS:Minor Ailment Consultation Service)のプロモーションに意欲を示しています。ときには、ドクターとの連携や人件費で頭を悩ますことも多いそうですが、それでも持ち前の明るいポジティブ思考を武器に前に進もうとしています。

地域貢献と未来への展望

 「薬剤師として、様々な形でコミュニティをサポートしたい」というエリカさんの思いは、責任感と地域医療への貢献意欲の現れです。デジタル化が進む中で、薬剤師としての専門知識を活かしながら、地域の健康を守る取り組みに情熱を注いでいます。将来的には、処方せん調剤以外の仕事、すなわちメディケーションレビューや薬剤師による処方などのクリニカルサービスを中心とした仕事へのシフトを目標としています。

 エリカさんは休日、旦那さんと一緒にピックルボールやアウトドアアクティビティを楽しんでいるそうです。自然豊かなシーシェルトならではの過ごし方ですね。

さいごに

 エリカさんのキャリア形成には、安定志向を持ちながらも冒険心と柔軟な視点が備わっていることが、インタビューを通してひしひしと感じられました。また、若い日本人女性薬剤師のカナダでの挑戦の歩みは、多くの人々に勇気を与えるに違いありません。さらに、エリカさんのように、日本人ならではの感覚を持ちつつ日本語でサービスを提供できる薬剤師が増えることは、日系コミュニティにとって非常に心強いことです。

 シーシェルト近辺にお住まいの方や、旅行でシーシェルトを訪れる方でお薬が必要な方は、ぜひ一度エリカさんに声をかけてみてください。親切で丁寧な対応を通じて、きっと皆さまの健康をサポートしてくれるはずです。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

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