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「アンジェラ・ヒューイット」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第42回

はじめに

 音楽ファンの皆さま、日加関係を応援頂いている皆さま、こんにちは。

 12月と言えば「しわす」。師走です。万葉集の頃からある言葉です。語源には諸説ありますが、学術的には古語の「しはす」説が有力との見方があります。漢字で書くと「為果つ」。事を終えるという意味で、一年の事が果てる月という趣旨だそうです。但し、「としはつ=年果」或いは「せわし=忙」等もあります。一般的には、「師(先生)も走るほど忙しい」が広がっていますが、後付けの説のようです。

 いずれにしても、激動の1年を締め括る12月は大変に忙しいです。日本に限らずオタワでも眼の廻る忙しさです。クリスマス前に溜まった仕事を終わらせたいという思いは、大晦日までに決着させたいという覚悟と同じで、そのような発想は洋の東西を問わないようです。

 そこで音楽です。多忙な12月に聴きたい音楽と言えば、俗世の現実とは別の次元で、心を落ち着かせ、人生は素晴らしいと感じさせてくれる調べです。音楽は、極めて個人的・主観的なものですし、人の好みは分かれるものです。が、私はヨハン・セバスチャン・バッハを聴いています。そこには、虚飾を排した音の連なりが生む、言葉を超えた美しさがあります。BWV(バッハ作品目録)で整理されている楽曲1071曲は、深遠なる音楽の宇宙です。1オクターブの中にある12個の音の順列組合せが生む無限の可能性の扉を開いたのがバッハです。1685年3月31日に神聖ローマ帝国(現代のドイツ)アイゼナハに生まれ、1750年7月28日にライプツィヒに65歳で没し、生涯ドイツから出たことがなかった男です。その後クラシック音楽のみならず、20世紀以降のハード・ロックやプログレッソ・ロック、フォーク、更にはジャズにもバッハが響いています。

 さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。現代を代表するバッハ弾きについてです。世界中の名だたるピアニストでバッハをレパートリーにしない演奏家はいません。しかし、アンジェラ・ヒューイットこそが現代最高のバッハ演奏家と言って過言ではないでしょう。ヒューイットは、1958年7月オタワ生まれ。オタワの、いやカナダの誇りです。

 ということで、今回の「音楽の楽園」は、アンジェラ・ヒューイットです。

美しい音

 「速く弾いたり大きな音を出せる人はたくさんいるけれど、美しい音を出せる人はそうそういません。」

 ヒューイットが『王子ホールマガジン』とのインタビューで語った一節です。耳と心で美しい音を感じ、和音を弾く時もそれぞれの音のバランスに細心の注意を払い、ひとつ一つの音に歌わせ、トーンの質を保つことがピアノ演奏の極意だと述べています。既に膨大な録音を残していますが、1986年にドイツ・グラモフォンからリリースした国際的デビュー音盤「J.S.Bach・Angela Hewitt」こそヒューイットの原点とも言える録音です。ここには、彼女が追求し続ける“美しい音”が溢れています。

神童、オタワに現る

 “美しい音”を奏でるアンジェラ・ヒューイットの来歴を辿ります。

 まず、父ゴッドフリー・ヒューイット。英国はヨークシャー出身の音楽家で、1930年、24歳の頃、カナダに移住にします。そして、オタワ中心部の連邦議会や最高裁判所の所在する一角にあるクライスト教会大聖堂の聖歌隊監督にしてオルガン奏者となります。50年間にわたりこの職にあったそうです。因みに、ここは未だオタワがバイタウンと呼ばれていた1832年に設立されたオタワで最古の由緒正しき教会です。

 母マーサは、1914年生まれのカナダ人でピアニスト兼ピアノ教師です。ゴッドフリーにオルガンを習っていたそうです。それが二人の出会いだったのでしょう。

 アンジェラ・ヒューイットは、この両親の下、1958年7月にオタワに誕生します。父52歳、母44歳の高齢出産でした。家庭内には常に音楽が流れていたそうです。2歳でおもちゃのピアノを買い与えられ、3歳になると本物のピアノで母からレッスンを受けるようになります。親に言われて嫌々練習するのでは全くなく、アンジェラの方から教えて欲しいとせがみ、毎日、ピアノに向かっていて、ピアノを弾いていない頃を憶えていない程だと云います。

 世に、“好きこそものの上手なれ”と云いますが、アンジェラは4歳にして初めて公開演奏を行います。

 この幼少期について、アンジェラは振り返ってコメントしています。「母は、私にとって最初の、そして最良の先生だった。厳しくも優しく、私に音楽の“神聖さ”を教えてくれた。」と述べています。

 そんな偉大な母ですが、アンジェラが6歳になる頃には、早くも母の重力圏を越え始めます。2週間に1度、オタワから電車とバスを乗り継ぎ5時間余をかけてトロント王立音楽院まで通い、本格的なレッスンを受けるようになります。更に、ヴァイオリンとリコーダーも学びます。音楽の奥義への探求の始まりです。

 9歳の時には、同音楽院で本格的なリサイタルを開くほどに超速の進化を遂げます。

 15歳でオタワ大学音楽学部に進学し、ジャン=ポール・セビル教授に師事。

 17歳になると、満を持して各国のピアノ・コンクールに出場するようになり、その名を北米、更に欧州へと知らしめていきます。

ショパン国際ピアノ・コンクール

 バッハ弾きとし名を成しているアンジェラですが、実は、古典派からロマン派の作品まで多彩なレパートリーを誇っています。そして、その実力は瞬く間に証明されていきます。

 コンクール出場を始めた1975年、17歳の時には、ニューヨーク州バッファローで開催されたショパン・ヤング・ピアニスト・コンクールとワシントンD.C.でのバッハ・コンクールで優勝。20歳の時、地元のCBCラジオ音楽コンクールのピアノ部門で優勝。21歳で、ロベール・カサドシュ国際ピアノ・コンクール(旧クリーブランド国際ピアノ・コンクール)で3位。

 22歳となった1980年は、まず、イタリアはミラノで開催されたディノ・チアーニ・ピアノ・コンクールで優勝します。そして、5年に1度のショパン・コンクールに出場しました。

 この年のショパン・コンクールは10回目となる節目で、センセーショナルな大会として長く語り継がれています。ベトナム人ピアニスト、ダン・タイ・ソンがアジア人で初めて優勝する一方、革新的な演奏で最有力候補と前評判の高かった天才ポゴレリチは最終選考に残らず落選。彼の革新性を高く評価していたアルゲリッチは、この結果に抗議し審査員を辞任する騒動となりました。最高レベルでの音楽評価の多様性と主観性を赤裸々に示しました。4位は該当者なしで、5位に日本の海老彰子が入賞しました。実は、アンジェラはこの大会で入賞した訳ではありません。しかし、ショパン特有のテンポ感を再現しつつ旋律を“美しい音”で歌わせたアンジェラは聴衆から圧倒的な喝采を浴び、名誉賞(Honorable Mention)が与えられました。

 いよいよ、世界へ羽ばたく準備が整って来た感がありますが、もう一つの極めて重要な節目がアンジェラを待っていました。

トロント国際バッハ・ピアノ・コンクール

 1985年、アンジェラ27歳の年です。各国のピアノ・コンクールに出場し始め10年が経っていました。

 この年は、バッハ生誕300年の記念すべき特別な年でした。そこで、カナダ・バッハ協会(Canadian Bach Society/ Société Bach du Canada)が企画・主催した特別なプロジェクトが「トロント国際バッハ・コンクール(Toronto International Bach Piano Competition)」でした。カナダ・バッハ協会の狙いは、バッハ作品に関する学術的な研究を深めると同時に演奏の質の向上にありました。技巧を競うというよりも、解釈の誠実さが重視されたコンクールでした。これは、とてもアンジェラ向きだったと言われています。

 アンジェラの演奏は、現代音楽の巨匠オリヴィエ・メシアンを筆頭とする審査員団から絶賛されました。特に次の3つの点です。①バッハの構造を知悉し、各声部が明確で、対位法が『見える』と評されました。②テンポも自然で、当時はバッハが舞曲として作曲していたことを改めて想起させたのです。③装飾音も極端に触れず節度をもって楽曲を彩りました。

 要するに、アンジェラは、過度に思いが込められたロマン主義的バッハでもなければ、乾いた学術的古楽主義的バッハでもない、独自のスタイルで演奏したのです。知る人ぞ知る存在だったアンジェラがバッハ弾きとしての特別な地位を得た瞬間です。この時から30年前の1955年に、カナダ人グレン・グールドが「ゴールドベルグ変奏曲」を引っ提げて彗星の如く登場したのを思い出させます。

 そして、コンクール優勝の副賞こそ、“美しい音”の原点でもある上述のドイツ・グラモフォンへの録音でした。1986年にリリースされたこの国際的デビュー盤には、審査員が絶賛したアンジェラの3つの資質が鮮やかに刻まれています。世界がアンジェラを聴き始めたのです。

バッハ全曲録音

 閑話休題ですが、エジソンが録音・再生装置を発明する以前は、音楽が奏でられている場に行かなければ音楽を聴くことはできませんでした。しかし、現在は、スマホ等で気軽に音楽を聴くことが出来ます。演奏する側も自主録音をSNSにアップして世に問うことが出来ます。便利な時代になりました。とは云え、ピアニストに限らず音楽家が世界水準の上質の音楽を奏でて、世界のリスナーに聴かせたいと本気で考えるならば、信頼のおけるレコード会社との契約が不可欠です。

 ここで重要なのは信頼です。では、信頼とは何でしょうか?音楽家が真に納得するクオリティーの録音を確保し、会社の持つ販売網を通じてリスナーに届けると同時に、会社として持続可能な利潤をあげ、音楽家にも充分な報酬を支払うということです。会社である以上、儲けなければなりません。しかし、音楽性を犠牲にして売れれば良いという訳ではありません。一方、音楽性にこだわり過ぎてもいけません。非常に微妙なバランスで成り立っているのです。

 で、アンジェラです。1994年、英国の独立系の雄、ハイぺリオン(Hyperion)社と専属契約を結びます。ハイぺリオン社は1980年創業の独立系で、その名はギリシア神話に登場する神々の1人ヒュペリーオーン(太陽神)に由来します。クラシック音楽専門で、大会社には決して出来ない企画に果敢に取り組んでいます。アンジェラとハイペリオンは、オルガン曲を除いて200曲を超えるバッハの鍵盤楽曲の全てを録音しました。快挙です。幼少期よりバッハには特別な愛着を感じて来たアンジェラにとっては最高の夢でしょう。そんな夢を抱くピアニストは数多いると思いますが、夢を実現するためには、途方もない探求と鍛錬が不可欠です。レコード会社からすれば、バッハ全曲録音を託すことの出来るピアニストはごく僅かです。ハイペリオンとアンジェラは相思相愛でした。1994年から2018年まで、24年間をかけて、オルガンを除く、バッハの鍵盤楽曲の全曲録音を行ったのです。ゴールドベルグ変奏曲、平均律クラヴィーア曲集、インベンションとパルティータ、フランス組曲、イギリス組曲、更には協奏曲集等です。

 同時並行的に、『バッハ・オッデセイ』と銘打った企画で、バッハの鍵盤楽曲の全曲演奏を各国のライブを積み重ねて達成しました。これは2016年の日本公演から始まったそうです。日本とカナダの素晴らしい文化交流の一つと言えるでしょう。

結語

 アンジェラ・ヒューイットは当代唯一の「バッハ弾き」としての名声を得て、演奏旅行で世界を飛び回っています。「バッハ弾き」と称されることは、大変な名誉なことだとアンジェラは言っています。バッハは音楽的素養と技術を極めて高いレベルで求められるし、それ以上の音楽は考えられないとも語っています。しかし、アンジェラのディスコグラフィーを見れば、決してバッハだけではありません。スカルラッティー、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン等々本当に多岐にわたります。最近は、ピアノ独奏に加え、オーケストラとの協奏曲や室内楽にも取り組んでいます。正に、天才は多彩にして多作を地で行っています。

 最後に、アンジェラは演奏家としてだけでなく湖畔の興行主としての活動も行っています。彼女はロンドンを拠点としていますが、2002年にイタリア中部のウンブリア州トラジメノ湖畔の町マジョーネに土地を購入しました。この町には15世紀に出来た由緒ある大聖堂と庭があります。その庭に一目惚れして、2005年から、毎夏にバッハを軸とした室内楽主体の音楽祭を開催しています。湖畔の静かな雰囲気がバッハの音楽に必要な集中力と呼吸と親密な雰囲気を与えてくれると云います。勿論、アンジェラも演奏しますが、主催者として音楽祭を盛り上げています。

 自由と多様性と包摂性がカナダの美徳です。オタワで生まれ育った神童が世界で大活躍しています。カナダ贔屓としては嬉しい限りです。上述のバッハ鍵盤全曲録音は、CD27枚組のボックス盤として遂に完成し、2026年1月にお目見えする予定です。待ち遠しいです。更に、その先にどんな音楽の桃源郷を見せてくれるのか、本当に楽しみです。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

『影の帰還』の出版―The Return of a Shadowの日本語版―

The Return of a Shadowの日本語版『影の帰還』山岸邦夫著
The Return of a Shadowの日本語版『影の帰還』山岸邦夫著

物語の主人公、長田栄造は日本に残してきた家族にカナダから送金を続けてきたが、第二次世界大戦中に強制収容所へ送られ、自ら下した決断に苛まれながら余生を過ごすことになる。

本書『影の帰還』は日本とカナダをまたぐ主人公の感情の揺れを辿り、カナダの強制収容所の現実から、日本に残した家族の沈黙までの苦難な旅を飽くことなく描写してゆく。43年間会わなかったために栄造は家族にとって影であるが、妻の断片化した記憶と離反した子供たちの顔に向き合いながら、彼は義務感と家族への帰属への渇望との折り合いを探し求める長い旅路につく。

原典の英語版の著者は流れるような文体と深い歴史的共感をもって、アイデンティティ、離別、犠牲の代償というテーマを追求してゆく。これは二つの世界に挟まれ、最も偉大な旅とは自分自身への帰還であることを学ぶ男の優しくも胸が締めつけられる物語である。

英語版の原典は2018年に英国の出版社から刊行され、翌2019年に同国の国際文学賞、 Rubery International Book Award、の最終選考に残った作品。また同書は、トロント大学 、ブリティッシュ・コロンビア大学、 ヴィクトリア大学、および サイモン・フレイザー大学の各図書館が「貴重文献及び特別蒐集品」部門(大学により若干呼称が異なる)における永久所蔵版でもある。

『影の帰還』(山岸邦夫著)と題するこの訳本は、日本における北米文学の権威である上岡伸雄学習院大学教授による翻訳で、彩流社(東京)が今年刊行した。

カナダからはamazon.co.jp を通して購入可。

(寄稿 山岸邦夫)

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ひょうたんアーティストあらぽんさん、バンクーバーで展示会

作品を持つあらぽんさん。展示会場で。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
作品を持つあらぽんさん。展示会場で。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 ひょうたんアーティストとして活動しているあらぽんさんが今年9月にバンクーバーで展示会を開催した。会場はバンクーバー・ダウンタウンのアート展示スペース。5人での共同開催となったが、昨年11月の初訪問時に語っていたカナダでの展示会を1年たたないうちに実現した。

 一つひとつ夢を叶えていくあらぽんさんに展示会場で話を聞いた。

カナダでの展示に向けて日本で準備

 日本ではカナダでの展示会開催を前提に作品に取り組んでいたという。「カナダっぽい作品や、カナダをイメージする作品を作っていました」。テーマはカナダの自然。昨年バンクーバーを訪れた時のイメージや人から聞いたことを基に作品のイメージを作り上げていった。

バンクーバー市で人気のスタンレーパークをイメージして作った作品「Stanley Park」。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
バンクーバー市で人気のスタンレーパークをイメージして作った作品「Stanley Park」。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「カナダの人って森とか海とか自然を大切にするという印象があって、海や森をテーマに多く作りました。それ以外では、カナダの人が好きそうな日本の柄で、今回は初めて和紙と絵具を混合して作ったんです」

 普段の作品では和紙と絵具を合わせて作るということはないという。「新しい挑戦でしたね」。ヒントは昨年のバンクーバーでのワークショップ。参加した子どもたちが、和紙の上から色を塗っていたのを見て、「もともと色が付いている和紙に色を付けるという発想は僕にはなかったのでアートでも使えるな」と昨年のインタビューで語っていた。

和紙とマーブリングを融合させた作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和紙とマーブリングを融合させた作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 今回は「マーブリングした後に和紙で装飾した作品を作ってみました」と説明する。これまでのこだわりを捨て、なにか新しいものと考えた時に「混ぜちゃえばいいんだって。これでカナダの人で和が好きな人にも、マーブリングが好きな人にも、どっちにも刺さるかなって」。作品として上手くできたと自負する。

 そうして作った約20点を展示販売。展示会開催をドキドキしながら迎えた。

「自分のアートを選んで買ってくれたのはすごくうれしい」

 9月1日の展示会の前日、バンクーバーで開催されていた台湾フェスティバルでも販売を試みた。次の日の本番前の前哨戦だ。しかし「洗礼的な雰囲気でした。ヤバいこれ、みたいな。3時間で販売ゼロみたいな感じで、超心が折れまくってました」。

 そうして迎えた当日。「昨日の今日でもう大丈夫かなって、不安でした」。しかしふたを開けてみると「入場前からお客さんが待ってくれていて。今日はずっと人がいっぱい入っている状態で。皆さんの協力に感謝です」とうれしそうだ。今回もGifts and Thingsオーナー佐藤広樹さんやスタッフ、日本カナダ商工会議所がサポートした。

展示会場の様子。多くの人が作品を鑑賞していた。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
展示会場の様子。多くの人が作品を鑑賞していた。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 口コミで多くの人が来てくれたようだと話す。「人から教えてもらってきたよって人が多かったみたいです。『楽しかったよって言われたから来ました』とか言ってもらって」。展示会は1日のみの開催。「午前中に来た人が友達に伝えて、こうして(夕方に)来てくれているみたいで。本当にうれしいですね」と笑顔が弾けた。

 インタビュー中にも購入者が話をしたいからということで中断するほど。絵を買った人の中にはカナダの人も多かったという。

ひょうたんに込めた思い

 今回の展示から始めたというのが「メッセージボトル・シリーズ」。作品の中のひょうたんを海岸に流れ着いた「メッセージボトル」に見立て、「気持ちはいつか誰かに伝わるよって意味を込めています」と語る。

バンクーバーのガスタウンをイメージした作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
バンクーバーのガスタウンをイメージした作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「海に来ている時って、10人いたら10通りの気持ちで来ていると思うんです。楽しい、うれしい、悲しいとか。その気持ちによって海の見え方も違っていると思います。ひょうたんは海に流れ着いたメッセージボトルをイメージしていて、それぞれ色々な気持ちで海に来ていると思うけど、メッセージボトルが海岸に届くように、うれしい気持ちも、悲しい気持ちも、いつかは誰かに届くよって」。

 そうして気持ちを込めて創作した作品を買ってくれる人がいるのは「むちゃくちゃうれしい」という。

 「色々なアートがある中で、自分のアートを選んでくれて、買ってくれて、それで飾って毎日見てくれるわけじゃないですか。自分の絵を見てそういう感覚になってくれたのはめちゃくちゃうれしいです。自分が思っていることが伝わっているんだなって、感じますね」

次はカナダで個展を

 昨年バンクーバーでワークショップを開いた時には次の目標は「カナダで個展を開く」だった。今回はクラウドファンディングを立ち上げて展示のための資金を集めたが目標額には少し足りなかったという。それでも個展とはならなかったが、展示会は実現できた。次はバンクーバーで個展を開きたいと話す。

 そしてもう一つ、自分の作品を評価してもらえるコンテストのようなイベントに出店したいという。それが何なのかはまだぼんやりとしか見えていないが、「こんな作品を作っている日本人がいるぞって分かるようなことを何かやってみたいなと思います」と語った。

 作品はいまも自身で育てたひょうたんを使っている。今年は夏が暑くひょうたんの出来にも影響したということだが、秋に収穫したひょうたんが来年の作品になるという。

 これまでひょうたんが縁でさまざまな夢を実現してきたあらぽんさん。次の目標に向けて、さらなる1歩を踏み出しているようだ。

小さいひょうたんを使った作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
小さいひょうたんを使った作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

(取材 三島直美)

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日系餅つき

2025年12月29日 (月)

11:00 – 15:00

入場無料

場所:日系文化センター・博物館(バーナビー)6688 Southoask Crescent, Burnaby, BC

年末恒例の伝統行事にぜひご家族やお友達といっしょにご参加ください。

  • お餅を販売します。
    • その場で食べられるつきたてのお餅
    • お持ち帰り用の冷凍餅
  • バンクーバー日系ガーデナーズ協会による臼と杵を使った餅つきのデモンストレーションを行います。11時15分頃から。
  • 大人も子供も餅つき体験できますので、ぜひ当日にお申込みください。
  • ステージ・パフォーマンスをお楽しみください。11時:ちび太鼓、12時半:彩月会、2時:沖縄太鼓
  • お食事・おやつ・飲み物を提供するベンダーが出店します。

このイベントはバンクーバー日系ガーデナーズ協会と、NNMCC活動補助グループの協力で行われます。

ウェブサイト https://centre.nikkeiplace.org/events/mochitsuki-2025/

FIFAワールドカップ2026、バンクーバーとトロントでの試合日程決定

FIFA2026W杯北中米大会マスコット。BCプレースに現れる。左から、Maple(カナダ)、Zayu(メキシコ)、Clutch(アメリカ)。2025年10月18日、BCプレース。撮影 斉藤光一/日加トゥデイ
FIFA2026W杯北中米大会マスコット。BCプレースに現れる。左から、Maple(カナダ)、Zayu(メキシコ)、Clutch(アメリカ)。2025年10月18日、BCプレース。撮影 斉藤光一/日加トゥデイ

 組み合わせ抽選会が行われた翌日の12月6日、FIFAワールドカップ2026北中米大会の日程が発表された。カナダ国内で行われる13試合は、西海岸のバンクーバー市BCプレースで7試合、東部のトロント市BMOフィールドで6試合が予定されている。両都市とも1次リーグに加え、決勝トーナメントの試合も組み込まれており、カナダ代表の戦いを間近で観戦できる貴重な機会となる。 

 バンクーバーでは、カナダ代表が6月18日にカタール、6月24日にスイスと対戦。さらに、エジプト対ニュージーランド、ニュージーランド対ベルギーといった注目カードも予定されている。決勝トーナメントではラウンド32とラウンド16の試合も行われる。

 トロントでは、6月12日にカナダ代表の初戦でカナダでの大会が幕を開ける。対戦相手は欧州プレーオフ勝者で現時点では未定。イタリアが有力候補とされている。その他にはガーナ対パナマ、ドイツ対コートジボワール、パナマ対クロアチアなど多彩なカードが組まれている。さらに、セネガル対プレーオフ勝者の試合や、7月2日のラウンド32も予定されている。 

 カナダ代表はトロントでの開幕戦を皮切りに、バンクーバーで2試合を行う。地元開催の利を活かし、1次リーグ突破できるかに注目が集まる。もし勝ち上がれば、7月2日バンクーバーでの決勝トーナメントに進出する可能性もある。

 2026年W杯北中米大会は、カナダ・アメリカ・メキシコの3カ国共同開催で、6月11日メキシコシティのメキシコ対南アフリカで幕を開ける。

 今大会から出場チームが48カ国に拡大。6月11日から7月19日まで熱い戦いが繰り広げられる。

(記事 北野大地)

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ホワイトキャップス惜敗、MLSカップに届かず

MLSカップ決勝。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
MLSカップ決勝。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
MLSカップ決勝まえのBCプレース。注目のホワイトキャップ・ミュラー対インテル・メッシがスクリーンに。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
MLSカップ決勝まえのBCプレース。注目のホワイトキャップ・ミュラー対インテル・メッシがスクリーンに。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito

 バンクーバー・ホワイトキャップスは12月6日、MLSカップをかけてフロリダ州フォート・ローダーデールでインテル・マイアミと戦った。

 前半にオウンドールで1点を献上したものの、圧倒的な攻撃力を見せ、後半に望みをつないだ。

 そして60分、アマードのゴールで同点に追いついた。その直後にはサビが放ったシュートが2度ポールに当たったがゴールとはならなかった。

 一方インテルはホワイトキャップスの守りの一瞬の隙をついて2点を追加。今季MLSカップはインテル・マイアミの初優勝で幕を閉じた。

BCプレースからも大声援

同点ゴールでBCプレースが盛り上がる。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
同点ゴールでBCプレースが盛り上がる。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito

 MLSカップ決勝当日にはホワイトキャップス本拠地のBCプレースに熱狂的なファン約15,000人が集まり、大声援を送った。

 圧倒的に攻めるホワイトキャップスだったがなかなかゴールが決まらず、後半同点に追いついた時には大歓声が上がった。

 しかし、まもなく歓声はため息に。今季ここまでドラマチックにプレーオフを勝ち上がってきたホワイトキャップスだったが、MLSカップにはあと1歩届かなった。

会場に来たファンに配られた記念Tシャツ。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
会場に来たファンに配られた記念Tシャツ。2025年12月6日、BCプレース。Photo by Koichi Saito

(記事 三島直美/写真 斉藤光一)

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滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

2025年9月15日、滋賀・カナダ移民研究所、滋賀大学・びわ湖東北部地域連携協議会主催(日本・カナダ商工会議所共催)のもと、「カナダ移民セミナー」がバンクーバー市内で開催された。

今回の講師は、かつてパウエル街で「松宮商店」を営んでいた移民の孫であり、カナダ移民研究者としても知られる松宮哲さん。松宮さんは自身の祖父母が歩んだ道のりをたどりながら、滋賀からカナダに渡った人々の歴史を語った。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

開会にあたり、在バンクーバー日本国総領事館の岡垣首席領事は「滋賀県とカナダの深いつながりを知ることは、将来日本とカナダの架け橋となる若者にとって、移民の歴史を学ぶ上で非常に重要な経験になる」と話した。会場には滋賀大学の学生も参加し、国際的な歴史研究の広がりを感じさせた。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

移民史研究と家族のルーツ

松宮さんの祖父は1896年に渡加し、バンクーバーの旧日本人街・パウエル街で食料品や雑貨を扱う松宮商店を開いた。戦前まで続いたこの商店は、地域の日系社会の暮らしを支える存在であったという。

「2014年、映画『バンクーバーの朝日』を観たことがきっかけで、自分の家族史と日系移民史の関わりに改めて関心を持ちました」と松宮さんは振り返る。その後、独自に資料を収集・研究し、2017年には著書『松宮商店とバンクーバー朝日軍』を出版。滋賀県人を中心とした移民の歴史を掘り下げてきた。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

移民の背景 ― 水害と生業の伝統

講演ではまず、明治期の日本が進めた移民政策に触れた。とりわけ滋賀県では1896年に琵琶湖周辺を襲った大水害が人々の暮らしを直撃し、多くの農民が生活の再建を余儀なくされたという。松宮さんは当時の写真や記録を示しながら、「故郷で生計を立てることが難しくなった人々が、希望を求めてカナダへ渡った」と説明した。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

また、滋賀県は古くから「近江商人」と呼ばれる行商の伝統を持ち、全国を歩いて商売を営んできた歴史がある。その精神が海外移住にも受け継がれたと指摘。カナダに渡った滋賀県人が、商店経営や製材業に活躍の場を見出したのは必然だったのかもしれないと語った。

コミュニティとバンクーバー朝日

滋賀県出身者はやがてパウエル街を拠点にコミュニティを形成。商店や料亭、理髪店などが立ち並び、街は活気にあふれた。講演では当時の写真や映像も紹介され、参加者は往時の賑わいを思い描いた。また、娯楽として親しまれたのが野球である。滋賀出身者も多数参加した「バンクーバー朝日」は、カナダ野球史に名を残す強豪チームへと成長した。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

戦争と収容、そして和解へ

しかし日系移民の歴史は順風満帆ではなかった。1907年には反アジア排斥運動による暴動でパウエル街が襲撃され、多くの商店が被害を受けた。さらに第二次世界大戦中には、日系カナダ人が強制収容され、家や財産を失った。

松宮さんは「戦争によってコミュニティは分断されたが、人々は助け合いながら収容所で生活を築いた」と語った。その後、1988年にカナダ政府が公式に謝罪し補償を行ったことにも触れ、「苦難の歴史を乗り越えてきた人々の歩みを忘れてはならない」と訴えた。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

会場の声

参加者からは、滋賀県とカナダのつながりを知り、移民の歴史の重みを改めて感じたという声が聞かれた。戦時下の日系カナダ人の強制移動や財産没収の事実に驚く人も多くみられた。またある参加者は「自分の家族のルーツと重ね合わせて考えるきっかけになった」と語り、歴史を学ぶことの意義を実感していた。

本セミナーは、滋賀とカナダを結ぶ過去と未来を照らし出す貴重な場となった。歴史に光を当てる取り組みは、カナダの日系社会のルーツを再確認し、次世代へと受け継いでいく力となるだろう。

滋賀とカナダを結ぶ移民の歩みを辿る ― 松宮哲さん、バンクーバーで講演

主催:滋賀・カナダ移民研究所、滋賀大学・びわ湖東北部地域連携協議会
共催:日本・カナダ商工会議所
著者:西田珠乃
撮影:乘峯良輔
寄稿:日本・カナダ商工会議所

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北中米W杯2026組み合わせ抽選会、開催都市バンクーバーでも注目

進行役のシンクレアさん(左)。2025年12月5日、バンクーバー市。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
進行役のシンクレアさん(左)。2025年12月5日、バンクーバー市。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 カナダ、アメリカ、メキシコで開催されるワールドカップ(W杯)北中米大会の組み合わせ抽選会が12月5日、アメリカ・ワシントンDCで行われた。開催都市バンクーバーでも朝から抽選会を生中継で見守った。

 FIFAワールドカップ2026バンクーバー開催都市実行委員会が開催した抽選会生中継パーティには、カナダ女子代表元キャプテンのクリスティーン・シンクレアさんが登場したほか、ブリティッシュ・コロンビア州デイビッド・イービー州首相、同州ツーリズム・芸術文化・スポーツ大臣アン・カン議員とバンクーバー市からも市議が参加して、抽選会の様子に注目した。

 開催国カナダ(27位)は1次リーグB組で、カタール(51)、スイス(17)と欧州プレーオフ枠パスA勝者(イタリア、ウェールズ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北アイルランドの勝者)と対戦する。日本(18)はF組となり、オランダ(7)、チュニジア(40)、欧州プレーオフ枠パスB勝者(アルバニア、ウクライナ、スウェーデン、ポーランドの勝者)となる。

 カナダではバンクーバーで7試合、トロントで6試合が予定されている。大会スケジュールは12月6日に発表される。

あいさつするBC州イービー州首相(左)と、カン大臣(左から2番目)、バンクーバー市議2人。2025年12月5日、バンクーバー市。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
あいさつするBC州イービー州首相(左)と、カン大臣(左から2番目)、バンクーバー市議2人。2025年12月5日、バンクーバー市。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

(記事 三島直美/写真 斉藤光一)

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バンクーバー・ホワイトキャップス、球団史上初のMLSカップ決勝へ

インテル・マイアミのメッシのシュートに構えるGK高丘。2025年4月24日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
インテル・マイアミのメッシのシュートに構えるGK高丘。2025年4月24日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

 バンクーバー・ホワイトキャップスが球団史上初のMLSカップ決勝進出を決めた。11月29日、サンディエゴで行われた西カンファレンス決勝でサンディエゴFCに3-1と快勝。前半に3点を入れたホワイトキャップスが、後半GK高丘の好セーブもありリードを守り切った。

 西カンファレンス優勝を果たしたホワイトキャップスの次の相手は、MLSスーパースー軍団インテル・マイアミCF。リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、セルヒオ・ブスケツ、ジョルディ・アルバなど、サッカーファンなら誰も知る名前が並ぶ。ただ、マイアミも今回が初のMLSカップ決勝進出となる。

 MLSレギュラーシーズンではないものの、ホワイトキャップスとは今季CONCACAFチャンピオンズカップで2度対戦。ホーム&アウェイで2試合ともホワイトキャップスが勝利している。8月にホワイトキャップスに入団したミュラーとインテルのメッシはMLSでは初顔合わせとなる。

 MLSカップ決勝はフロリダ州フォート・ローダーデールのチェイススタジアムで12月6日(土)午前11時30分(太平洋標準時)にキックオフ。Apple TVとTSNで生中継される。

人工芝でドリブルするインテル・マイアミのメッシ。昨季は人工芝を理由にバンクーバーに来なかったためかファンからはブーイングが...。2025年4月24日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
人工芝でドリブルするインテル・マイアミのメッシ。昨季は人工芝を理由にバンクーバーに来なかったためかファンからはブーイングが…。2025年4月24日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

(記事 三島直美)

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海外移住資料館「Broken Promises 破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人-」

「Broken Promises 破られた約束」のパネル。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
「Broken Promises 破られた約束」のパネル。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
「Broken Promises 破られた約束」展示会場入り口。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
「Broken Promises 破られた約束」展示会場入り口。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美

 神奈川県横浜市にあるJICA横浜海外移住資料館で企画展示「Broken Promises 破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人-」(12月7日まで)が開催され、オンラインではバーチャル展示(2026年3月31日まで)が閲覧できる。

 同資料館ではカナダをテーマにした企画展は2015年「Taiken体験-日系カナダ人 未来へつなぐ道のり―」に続いて2回目という。

 今年10月、同資料館で話を聞いた。

企画展について

 今回の企画展は学芸担当の小嶋茂さんが「Landscapes of Injustice」のプロジェクトメンバーだったことから依頼を受け実現したという。

 日系文化センター・博物館は「Broken Promises」の展示について、「7年間にわたる学術研究および複数の機関とコミュニティが関与した」研究プロジェクト「Landscapes of Injustice」で明らかになった、カナダ政府による日系カナダ人強制収容政策で没収された財産の全記録「敵性財産資産管理局」関連の情報を基に、強制収容経験者やその家族などの証言などを含めて制作と説明。2020年9月から21年6月27日まで同センター内「カラサワミュージアム」で展示された。

 それを「Broken Promises 破られた約束」日本巡回展示実行委員会が日本向けに編集してカナダ移民に関係が深い関西圏を中心に巡回展示している。資料館の展示では、さらにカナダへの日本人移民の歴史を知らない人でも理解できるようにと移民の歴史から説明したという。同資料館学芸員の原本義浩さんは「カナダへの移民というところから歴史を語らないと強制収容から財産没収、リドレスまでたどり着けないと感じました」と振り返る。

カナダへの移民の歴史を紹介するパネル。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
カナダへの移民の歴史を紹介するパネル。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美

 膨大な英語の資料を参考にして11枚のパネルにまとめた。そこにはカナダへの移民の始まりから、日系人への差別、真珠湾攻撃を機に始まったカナダ政府の日系人強制収容と財産没収、終戦後も続いた強制移動政策、そしてリドレス運動などを紹介している。移民がいつ始まって、なぜブリティッシュ・コロンビア州南西部に超局所的に生活していたのか、それに対してそこにいたカナダ人の感情はどうだったか、第2次世界大戦で同じくカナダと戦ったドイツ系やイタリア系はどのような扱いを受けたのか、そこまで紹介しないと事実の裏にある全体像が見えてこないと話す。「ただ単に、カナダ政府がひどいことをしました、日系カナダ人がひどい目に遭いました、という展示で終わりたくないと思っていました」。

 心がけたのは、「(Landscapes of Justice)プロジェクトが目指していたものをきちんと勉強して、なるべくそれに沿った形で日本語に訳して提供すること」。資料館での展示に当たっては日系文化センター・博物館のシェリー・カジワラ館長と親切なボランティアスタッフの助けを借りて「可能な限り事実に即したものを作ろうと思ったんです」。ただ展示準備中にバンクーバーに行く機会はなく、「カナダに漂う『公正』の概念の空気感が想像でしかなかったので、実際のカナダの方々の心みたいなものを伝えられるかなというのはありました」。

 それでも来館者の反応はポジティブなものが多く、カナダの歴史があまり知られていない中で今回の展示では「本当に勉強になりました」という声が多かったという。「多様性社会というイメージを持っていたが、日本人も含めて差別された歴史があったことに驚いた」「アメリカへの移民は聞くがカナダにもそれほど多くの日本人が移民していることは知らなかった」といったものや、中にはカナダへの移民という局所的な事象にとどまらず、移民、差別、補償、さらには先住民族の権利など「社会全体の正義・公正にも触れているという意見や日本ではどうなのかなど自分事としてユニバーサルに捉えてみてくれているコメントもあり、作った側としては意図が伝わって本当にうれしかった」と語った。

パネルだけではなく、映像や実際の書類も閲覧できる会場。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
パネルだけではなく、映像や実際の書類も閲覧できる会場。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美

 「今回の展示に関わらせていただいてすごくラッキーだったなと思います」と原本さん。カナダの資料がデジタル化され充実してきた中で今後につながると思うと期待している。できればカナダ人の「ジャスティス(公正)」に対する感覚に肌で触れてみたいとも語った。

 「Broken Promises 破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人-」3Dバーチャルツアーは2026年3月31日まで無料で利用できる。資料館に展示されているパネルを見られるほか、日本語のみのパネル部分には英語の解説がポップアップで見られるようになっており、動画や資料なども英語で閲覧できる仕組みなっている。

リンクはこちらから。https://my.matterport.com/show/?m=wBk7qKMNLzj&back=1

日系文化センター・博物館の「Broken Promises(英語)」のサイトはこちらから。https://centre.nikkeiplace.org/exhibits/broken-promises/

「Broken Promises 破られた約束」日本巡回展示実行委員会のサイトはこちら。https://brokenpromisesjapan.com/

講演会 After the Broken Promises 破られた約束のその後

講師:ジョーダン・スタンガー・ロス (Jordan Stanger-Ross) 氏(カナダ ビクトリア大学 歴史学教授 “Landscapes of Injustice”(不正義の風景)プロジェクトディレクター)
日時:2025年12月6日(土)14:00~15:30(13:30開場・受付開始)
会場:JICA横浜1階 会議室1
言語:英語(日本語通訳あり)
主催:JICA横浜 海外移住資料館

「海外移住資料館」について

 独立行政法人国際協力機構(JICA)横浜センター内にあり、日本人の海外への移民について情報提供している。資料館の学芸担当研究員・小嶋茂さんに話を聞いた。

歴史を未来へつなぐ拠点「われら新世界に参加す」

 海外移住資料館は2002年10月4日に、日本人の海外移住の歴史を日本人だけでなく、日系人、特に若い世代へ伝えることを目的として設立されたと説明した。資料館を設立するプロジェクトは2000年4月1日に正式に始動し、国内外の資料収集や展示構想の策定を経て開館に至ったという。

 設立の背景にあったのは「移民」に対する誤った認識が日本にあったからだと振り返る。1980年代半ばから、中南米から日本人移民と日系人の出稼ぎ現象が起き多くが来日したことを契機に、国内で「日本人の顔をしているのに日本語を話さない」と言われるなど言語や文化の違いからさまざまな摩擦が生じたという。当時、日本の公的な教育では海外移住の歴史がほとんど扱われず「大勢の日本人がかつて海外へ移住していった」という事実すら広く知られていなかったというのが現実的にあった。

 こうした状況を踏まえ、毎年開催されている海外日系人大会などで「移住の歴史を伝える施設を作ってほしい」という要望が繰り返し寄せられ、資料館設立へとつながったと説明した。

 展示コンセプトは「われら新世界に参加す」。これは「大阪の国立民俗博物館初代館長の梅棹忠夫先生が1978年にブラジルでの基調演説で提言されたコンセプトです」。民族学者の梅棹忠夫氏は、移民は「棄民」として捉えられることもあるが、実際には移住先の社会に参加し、貢献してきた存在であるという肯定的な視点を示した。小嶋さんは「『棄民』には『日本を捨てて行った人たち』と、『日本国から捨てられた人たち』という2重の意味がある」と説明。しかし、「(梅棹氏の)肯定的な捉え方をすべきであるというメッセージを受けて、資料館では移民とは移住先の国々における参加と貢献であるという視点から移住をお伝えするということで始まりました」。

 常設展示は大きく分けて2つ。前半は、ハワイ移住から2000年までの日本人海外移住の歴史、後半はコンセプトを具体的に紹介する内容になっているという。移住の理由、渡航手段、生活やコミュニティ形成を、国別ではなくテーマ別に多角的に構成し、肯定的な理解を促している。最近は20周年を機にリニューアルが進められ、オンラインのデジタルコンテンツも充実を図っている。

 日本でまだ誤解されていることが多い日本人移民だが、日系人が直接日本人を助けた例として、戦後直後の1946年から1952年にかけて日系人が中心となって展開された救援活動「ララ物資」を挙げた。第2次世界大戦中は、カナダやアメリカでは強制収容、南米でも敵性外国人扱いをされて、日系人も決して裕福ではなかったはずだが、ララ物資を通して日系人の日本への支援は現在の金額に換算すると約1200億円にもなるという。ララ物資全体の約20%を占めていたと説明した。日本人の6人に1人がララ物資の恩恵を受けたとされる。粉ミルクや毛布、薬などの支援は、戦後の困窮する人々の命を救った。「この活動が日系人主導であったことは広く知られていないですが、忘れてはいけないと思っています」。

 日本人移民の歴史は、現代日本が外国人を受け入れる際の重要な示唆を与えるとも語る。偏見や摩擦は避けられないが、日系人は海外でそれを乗り越えてきた歴史があり、「そこから学ぶことはたくさんあると思います。そうしたアメリカ大陸に渡った日本人の歴史を学べるのがこの資料館です」。

海外日系人博物館の未来をつなぐ―ネットワークで再活性化を目指す

 日本人移民の歴史を伝える博物館は北米や南米に数多く存在するという。しかし、南米ではその多くが設立後に関心を失い、来館者が減少し「幽霊博物館」と化してしまう現状を危惧していると話す。背景には、設立を担った1世・2世が高齢化し、次世代である3世・4世が十分に継承できないという課題がある。

 こうした状況を打破するため「ネットワークによる連携と再活性化」を模索していると話す。「例えば、複数の館が協力して、祭りと食文化など共通のテーマで資料を整理し、パネル展示などで共同開催することで関心を呼び戻す取り組みが可能だと思っています。そうすれば来館者が異なる地域の展示に興味を持ち、ブラジルに行ってみようとか交流の機会が生まれることも期待されます」。

 北米ではボランティア活動が比較的活発で一定の支援体制があるため、南米ほど深刻な幽霊博物館化は少ないという。「それでも3世ならば祖父母への関心があっても、5世6世と世代が進む中で関心の低下は避けられないと思いますし、そこを食い止めて大事な歴史を次の世代に伝えていくには連携ネットワークの力が重要だと思っています」。

 今回の「Broken Promises」プロジェクトは博物館連携の新しい可能性を示したと語る。今後は「ブラジル、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンなどの博物館が連携し、みんなの力で活性化できないかを提案していきたいと思っています」と話した。

JICA横浜 海外移住資料館:https://www.jica.go.jp/domestic/jomm/index.html

「Broken Promises 破られた約束」のパネルの前で。左から、小嶋さん、原本さん、渡辺さん。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美
「Broken Promises 破られた約束」のパネルの前で。左から、小嶋さん、原本さん、渡辺さん。2025年10月2日、横浜市。撮影 三島直美

(取材 三島直美)

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建友会第13回(2026年度)年次総会開催

あいさつする松原会長。建友会第13回(2026年度)年次総会。2025年11月25日、バンクーバー市。写真 建友会。
あいさつする松原会長。建友会第13回(2026年度)年次総会。2025年11月25日、バンクーバー市。写真 建友会。

11月25日に、第13回建友会年次総会(2026年度)を、ガーデナーズ協会2階会議室をお借りして開催しました。

25名の会員が会場に来場して出席し、2名の会員がZoomにて出席しました。

年次総会の開始に先立ち松原会長より挨拶、穴澤役員、和田会計役員から2025年の活動、会計報告がなされ、引き続き2026年度の活動、会計計画案が説明されました。

その後、2026年度の役員として、松原昌輝が会長、穴澤龍哉が副会長、和田健治・牧田仁美が会計、伊藤、吉武、Plamer、花木、村山、佐藤が役員の総勢10名が立候補・承認され、無事年次総会は終了しました。

年次総会終了後、食事と歓談をしたのち、穴澤副会長と和田役員をMCとして、ざっくばらんに会に参加した会員の方々に自己紹介等を行ってもらい会員間の交流を深めました。

会の最後は、穴澤新副会長の閉会の挨拶により締めくくり、2026年度も、役員・会員力を合わせ、建友会および日系コミュニティをより一層盛り上げていくことを決心しました。https://kenyukai.ca/2025-agm/

建友会第13回(2026年度)年次総会。2025年11月25日、バンクーバー市。写真 建友会。
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(寄稿 建友会)

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霜月の風景 ♪

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写真撮影:鎌田珠代

霧雪(せつ)

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Saint-Henri Ghost Tag

誰が深夜にこっそり描いたのだろうか?グラフィティの世界ではKIA(Killed in Action)はよく使われるスラングで、

・描いた本人の象徴(=危険を冒して描いた)
・亡くなった仲間のタグを残す追悼タグ

どちらの意味にもなることがある。
この写真の雰囲気が一気に重く、深くなります。

文と写真:鎌田淳平
Instagram:junpeke1984

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