ホーム 著者 からの投稿 Naomi Mishima

Naomi Mishima

Naomi Mishima
1542 投稿 0 コメント

山野内勘二 駐カナダ大使の年頭挨拶

 明けましておめでとうございます。バンクーバー新報改め、日加トゥデイの読者の皆様におかれては、健やかな新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。

 昨年5月にオタワに着任して、早くも8か月が経ちました。パンデミック下での行動制限が徐々に緩和され、幸いなことに、着任から現在までの間にカナダ国内各地を訪れる機会にも恵まれました。日本からカナダへの主要な玄関口であるバンクーバーも6月に早速訪問し、日本関連企業の皆様、日系コミュニティ関係の皆様、文化・芸術活動に携わっている皆様等と直接にお会いし、お話を伺う機会を頂きました。広いカナダは東西南北、地方ごとに異なる特色に溢れ、また、国を構成する人々や考え方も実に多様です。ここオタワは連邦の管轄を司る街であり、州の管轄が別途定められているこの国を少しでもよりよく知るにはオタワの外に出て、できるだけ多くの場所に足を運び、その土地の空気と人に触れなければならないと常々思っているところです。着任後比較的すぐのバンクーバー訪問は、その思いを明確にする鮮烈な体験となりました。バンクーバー及び西海岸地域を次に訪れる機会を、また楽しみにしたいと思います。

 一方、昨年は、ロシアによるウクライナ侵略が発生し、また、日本の周辺では、東シナ海や南シナ海における力を背景とした一方的な現状変更の試みやかつてない頻度でミサイル発射実験を試みる北朝鮮等により、世界の平和と安全、そして国際秩序が挑戦を受けた年でした。地政学的な困難が顕著となっています。パンデミック以降の半導体不足に象徴されるサプライ・チェーンの問題、ウクライナ危機を端緒とする食料安全保障やエネルギー安全保障の問題は、日本・カナダも例外なく、世界中の市民レベルでその影響が認識されています。一方、こうした様々な困難な課題を前に、カナダはインド太平洋地域の重要性に目を向け、この地域の同志国との関係強化を目指す方向に舵を切りました。昨年11月の「インド太平洋戦略」の発表は、伝統的に欧州・大西洋との結び付きが強く、また、長きにわたり外交戦略を策定してこなかったカナダが、現下の情勢を見据え、インド太平洋を掲げ分野横断的に外交・安全保障政策の基本戦略を策定・公表したものであり、非常に大きな意味を持っています。ジョリー外相を始めとする連邦政府の主要閣僚による同戦略の発表がバンクーバーで行われたことも、内外に鮮烈な印象を与えるものでした。これに先立つ昨年10月には、ジョリー・カナダ外相の初訪日が実現し、林外相と共に「自由で開かれたインド太平洋に資する日加協力のアクションプラン」を発表しました。日本とカナダは、日加両国そして地域の平和と繁栄を確保していけるよう、共にプラン実施に取り組んでいきます。

 日加間のビジネス関連では、農業やエネルギーという伝統的な分野に加え、脱炭素社会への移行の加速化を視野に入れ双方向で大きく進展しつつあり、今後はLNG、水素やアンモニアといった次世代エネルギー、重要鉱物資源、AI・量子等のハイテク分野での日本からカナダへの投資も期待されます。また、日本食はもはやカナダの食文化の一角を占めており、ミシュラン・ガイドにおける日本食レストランの際立った存在感は誇らしい限りです。パンデミックによる行動制限もなくなり、今後またバンクーバーを足がかりにカナダを訪問する邦人が増えることと思います。そこから多くの新しい交流が生まれることを期待しています。

 本2023年は、日本がオタワに公使館を開設し外交関係を樹立して95周年という節目の年でもあります。本年日本はまた、G7議長国として、5月にG7広島サミットを開催し、それに合わせて一年を通し国内各地でG7関係閣僚会合を開催します。要人の訪日を始め人の往来を促すこれらの機会も捉えつつ、様々な分野・レベルにおける日加間の協力が深まるよう、政府レベルでも一層努力したいと思っております。

 ウィズ・コロナの時代にあって、邦人の皆様が日々安心して生活し、活動できるよう、日本大使館・バンクーバー総領事館ともに力を尽くして参ります。

 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

令和五年元旦

全カナダ人日系人協会(NAJC)が新移住者特別委員会設立、JNICメンバーにインタビュー

新移住者特別委員会(Japanese New Immigrants Ad Hoc Committee:JNIC)の(左から)大木崇さん、ピアレスゆかりさん、高林美樹さん。写真提供:JNIC
新移住者特別委員会(Japanese New Immigrants Ad Hoc Committee:JNIC)の(左から)大木崇さん、ピアレスゆかりさん、高林美樹さん。写真提供:JNIC

日本語を話す人へのサービス提供

 全カナダ人日系人協会 (National Association of Japanese CanadiansNAJC)が、2022年5月に新移住者特別委員会(Japanese New Immigrants Ad Hoc Committee:JNIC)を設立した。これまで、主に英語を話す日系人を対象としてきたNAJCが、日本語を母国語とする人、特に新移住者へのサービス提供にも力を入れていこうという試み。
 2022年12月6日、同委員会メンバーの大木崇さん、ピアレスゆかりさん、高林美樹さんにオンラインで話を聞いた。(以下敬称略)

まず、みなさんの自己紹介をしていただけますか? 

大木:1964年にカナダに来て、バンクーバーに5年、アルバータ州レスブリッジ市に5年、エドモントン市に40年以上住んでいます。補習校に関わっていたことから、20年前からNAJCで翻訳などのボランティアと役員をするようになりました。現在、日系コミュニティの統計リサーチ、JNICでは書記・会計を担当しています。

ピアレス:長崎県佐世保市出身です。1998年にカナダに来て、留学エージェントをしています。ビクトリア在住で、ブログを発信しています。NAJCでは昨年9月から理事をしています。

高林:静岡県浜松市出身です。留学生としてカナダに来て卒業後後に世界を転々としたあと、12年前に子連れでバンクーバーに来て、教育コンサルティングの会社を立ち上げました。誰も取り残されない、インクルーシブなコミュニティ作りを目指して色々な移民支援団体で、ダイバーシティ・インクルージョン関連のイベントを企画するボランティアをしています。

日本語によるサービスのニーズ

新移住者特別委員会の発足経緯を聞かせてください。

大木:まず日系人とはカナダ国勢調査で人種的・文化的祖先に「日本人」と回答した人たちで、2021年にカナダには129,000人の日系人がいました。これはカナダの人口の0.36パーセントにあたります。
 1960年代以降カナダに来た新移住者の多くが、日本に住む親の遠距離介護、自分がどこの老人ホームに入るかなどの問題をかかえています。
 現在、新移住者の子どもは14歳以下が15,000人いると言われています。国際結婚も多く、その子らの日本語教育も大切な課題となっています。

ピアレス:横のつながりはどこにあるのだろうという点もあります。例えば、ユーコン準州での日本人新移住者の生活。社会福祉サービスを日本語で提供できる団体は大都市にはあっても小都市にはありません。そこで提供できるサービスは何なのか、文化交流なども考えていきたいと思います。

高林:個人的な意見ですが、日系コミュニティは他のコミュニティに比べ横のつながりが少し薄いように感じます。特にカナダ全国の繋がりは皆無。またいろんな世代が集まる会も少ないです。ですから弊委員会の活動としては新移住者と日系人コミュニティの相互利益になるようなネットワーク作りができたらと思っています。

新移住者と日系コミュニティのネットワーク

-新移住者委員会が目指すものの中には、現在ほかの団体で提供しているサービスもあると思います。なぜ今NAJCが日本語を話す人たちに力を入れるのでしょうか。

大木:バンクーバーでは隣組が日本語によるサービスを提供していますね。そういう団体にもNAJCに入ってもらい、全国的に情報シェアができるといいと思っています。
 NAJCは以前から新移住者へのサービスを大切にしてきました。亡くなった鹿毛達雄さんが、新移住者のための組織づくりに努めてきましたが、その後、NAJCでは新移住者との関係で、その方向が今まで見つからなかったという点もあったのではないでしょうか。

高林:全国規模で集う機会、共通点、触れ合う場があまりなかったのですね。ですから何か一緒にして活動することで歩み寄り、コミュティ繁栄に必要な、人と人の間の信頼感を得られると思います。

各コミュニティですでにさまざまなネットワークがあると思いますが、新移住者委員会ではどのような支援をしていますか?

ピアレス:座談会形式で、国際結婚や遠距離介護など、個人的な問題を相談できるようなネットワーク作りをしています。JNICでは、ジャムズネットカナダと協力して日本語でのメンタルヘルスや医療のリソースを提供していけたらと思っています。

高林:英語が達者な新移住者は、これまで日系コミュニティと多くの関わりを持たずに来たかもしれません。ですが、長年暮らしていると母語で参加できる場所を求める人もでてきます。JNICでは主に日本語でまたは英語でも安心して頼れる心の拠り所になっていけたらと思います。

日系カナダ人の歴史セミナー

新移住者に日系カナダ人の歴史を学ぶ機会を提供しているということですが。

高林:トロント在住で元日系ボイス編集長の田中裕介さんによる講演『カナダ日系145年歴史セミナー』を、不定期にオンライン発信しています。永野萬蔵とその末裔たち、戦後の日系社会の再興、朝日野球チームと都市伝説など10回シリーズです。

活動予定はオンライン主体ということでしょうか。

ピアレス:NAJCの加盟団体は100パーセント、オンラインでつながっています。カナダ在住日本人グループ、ジャパニーズカナディアンのフェイスブックグループがあり、そこで情報をシェアしています。
 (新型)コロナ(ウイルス)禍でオンラインでの座談会が始まり、それを元にしてこの委員会が発足しました。

高林:オンラインを使うことにより、カナダ全国の新移住者とつながることの利点がありますね。全国版ということで、就職活動にもつながることもあると思います。
 この委員会の委員長であるホワイトホース在住の鳥飼文彦さんは「ざっくばらんに話しましょう」と提案しています。いままで知り合うこともなかった遠方のいろんな方と話すことで、こんな違った考えや見方もあるのかと気づき、人生の選択肢も増え、豊かな気持ちになります。
 多くの新移住者がJNICの活動に参加することを奨励しています。親元になるNAJC年次総会では、新移住者が日系人と共同で行えるような活動についても積極的に話し合いたいと思っていますので、各地からの新移住者の活動参加を期待しています。

新移住者特別委員会(Japanese New Immigrants Ad Hoc Committee :JNIC)
連絡先jnic@najc.ca

「カナダ日系145年歴史セミナー」

スケジュール:

第4回:2023年2月23(木)1920〜1930年代 二世の成長と「白主日従」の時代へ
第5回:2023年4月13(木)こうして日系社会は第二次世界大戦に飲み込まれていった
第6回:2023年4月27(木)戦中疎開地での人間模様と分散定住
第7回:2023年5月31日(木)戦後の日系社会の再興
第8回:2023年6月29(木)リドレス運動の勃興と政府との合意
第9回:2023年7月27(木)1990年代:朝日野球チームと都市伝説
最終回:第10回:2023年8月31(木)リドレスから30年:戦後移住者から未来世代へ

(取材 ルイーズ阿久沢)

合わせて読みたい関連記事

丸山浩平・在バンクーバー日本国総領事より新年のごあいさつ

 読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。

 年頭に当たり、皆様のご健勝とご多幸を、また新生「日加トゥデイ」のご発展を心よりお祈り申し上げます。そしてカナダと日本との交流・協力の進展、両国関係の一層の発展を祈念いたします。

 昨年カナダ政府がコロナに関する規制の緩和に踏み切り、様々な動きが戻り始めています。日本との人的な往来も復活しつつある中、皆様におかれましては、これまで以上の強い意気込みをもって新年をお迎えのことと存じます。うさぎ歳の今年、我々日本総領事館もうさぎにあやかり、より俊敏に事に当たり、より明るい未来へ向けて皆様とともに跳躍をはかりたいと考えます。皆様の健康、安全の維持のため、関連する情報の発信や、様々なご相談への対応等に更に努力して参ります。当館業務へのご関心とご指導を引き続きお願い申し上げます。

 本年が皆様にとり、素晴らしい一年となりますことを重ねてお祈り申し上げ、年頭の挨拶とさせていただきます。

2023年 元日
在バンクーバー日本国総領事 丸山浩平

大雪、大雨でBC州南部は大混乱に

メトロバンクーバーで日中も雪が降り続いた。2022年12月18日。
メトロバンクーバーで日中も雪が降り続いた。2022年12月18日。

 大雪・荒天となった12月23日、メトロバンクーバーを含むブリティッシュ・コロンビア(BC)州南部は大混乱に見舞われた。これに先立ちBC州政府は12月22日に不要不急の外出は避けるよう求めていた。バンクーバーが大雪に襲われるのはこの週では2回目。

 BC州運輸省はハイウェイ3のホープ・プリンストン間で大雪、ハイウェイ1のフレイザー・キャニヨンで雪崩の注意報を出した。アレックス・フレイザーとポートマンの両橋は落雪の危険があるとして、23日早朝から24日朝まで閉鎖された。

 BCフェリーも、23日午前中はメトロバンクーバー・ビクトリア間など主要路線を含む多くの航路が運航中止に。午後にもいくつかがキャンセルされた。スカイトレインの駅や路線も一部が閉鎖となり、トランスリンクは利用を控えるよう呼びかけていた。

 バンクーバー国際空港の混乱も続き、23日には300便以上のフライトがキャンセル。同空港は、足止めとなった利用者にホテルとレストランのギフトカード約400枚を提供した。24日にはほぼ通常通りの運航となった。

 各地で停電も相次いだ。多くは倒木や折れた枝が原因と見られ、24日朝の時点で11,000世帯が影響を受けた。

 カナダ環境・気候変動省は24日も引き続き、メトロバンクーバーに大雨警報を発令し、洪水や落氷についても注意を促した。

合わせて読みたい関連記事

日系ホームを支えたHi-Genkiレストラン、惜しまれつつ営業を終了

Hi-Genkiレストランで人気メニューだったからあげ丼。Photo from Fujiya
Hi-Genkiレストランで人気メニューだったからあげ丼。Photo from Fujiya

 日系ホームで居住者への食事を提供していただけでなく、一般のレストランとしても営業していたHi-Genkiレストラン。2020年3月から始まった新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年4月に営業を終了した。

 ボリュームたっぷりで美味しく、リーズナブルな価格で提供していたランチは特に人気で、営業終了を惜しむ声も多かった。

 日系ホームがオープンした2002年から日系コミュニティに日本食の美味しさと楽しさを提供してきたHi-Genkiレストランを経営してきたのは日本食料品店Fujiya。今回は、FujiyaのMegan Matsudaさんに話を聞いた。

―日系ホームでHi-Genkiを始めるきっかけを教えてください。なぜFujiyaが始めることになったのですか?

 日系ホームの担当者が平居しげる(Fujiya創業者)にこの構想を相談しました。平居氏は1970年代に「まねき食堂」を経営して以来、飲食業への復帰を熱望していました。 また、母であるフジエさんが日系ホームに入居することになり、母や入居者のために美味しい料理を提供したいという思いもありました。

―メニューのカロリーや品数、味付けなど、何か特別に心がけたことはありますか?レストランは日系ホームの入居者だけでなく、一般の方にも開放していましたから、バランスが必要だったと思うのですが。

 一般向けと入居者向けのメニューは別で、基本的に2つのチームを編成していました。 入居者向けのメニューは、アシステッドリビング施設のガイドに沿って、登録栄養士と共同で開発しました。さまざまな食事制限や嗜好に対応し、おいしくて健康的な食事を数多く提供できるようにすることは、常にチャレンジでした。レストランでは、家庭的な和食にこだわり、鶏の唐揚げやトンカツなど、ボリュームたっぷりの揚げ物メニューが評判でした。

―レストランが正式に閉店したのはいつですか?閉店を決めた理由は何ですか?

 2022年4月30日にレストランを閉店しました。とても難しい決断でした。2020年の新型コロナの影響拡大以来、私たちはダイニングルームをお客様に開放することができませんでした。日系ホームに新型コロナのリスクを持ち込むわけにはいかないので、閉店したままでした。テイクアウトやデリバリーで多くの支持を得ましたが、それだけでは続けられませんでした。レストランは、入居者の食事サービスを財政的に支える重要な役割を担っており、その収入源がなければ続けることができなかったのです。

―今、バンクーバーでは美味しくて手頃な価格の日本食レストランを見つけるのが難しいので、みんな本当にHi-Genkiレストランを恋しがっています。今後、同じようなレストランをオープンする可能性はありますか?

 再出店については、今、フード業界は食材のコストアップ、スタッフの確保・定着の難しさなど、さまざまな問題を抱えています。このような状況が改善されれば、再出店を検討することができると考えています。

2000年から20年間、日系ホームの台所を担ったHi-Genkiレストランの店内の様子。Photo from Fujiya
2000年から20年間、日系ホームの台所を担ったHi-Genkiレストランの店内の様子。Photo from Fujiya

(取材 三島直美)

合わせて読みたい関連記事

日系ホーム、今年で20周年を迎える

日系ホーム20周年を祝うイベントの様子。2022年9月17日、日系文化センター・博物館。Photo from Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks
日系ホーム20周年を祝うイベントの様子。2022年9月17日、日系文化センター・博物館。Photo from Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks

 ロバート・ニイミ日系ホームが2022年9月、開設から20周年を迎えた。9月17日には、日系文化センター・博物館で20周年を祝う式典が開催された。

 式典には、100歳を迎えた7人を含む、現在の日系ホームの居住者や関係者ら約160人が参加。在バンクーバー日本国総領事館石浦陽子領事、バンクーバー市マイク・ハーレー市長も出席した。

Ms. Ruth Midori Coles, President of Nikkei Seniors Health Care & Housing Society, at Robert Nimi Nikkei Home 20th Anniversary Luncheon on September 17, 2022. Photo ©2022 Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks
Ms. Ruth Midori Coles, President of Nikkei Seniors Health Care & Housing Society, at Robert Nimi Nikkei Home 20th Anniversary Luncheon on September 17, 2022. Photo ©2022 Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks

 あいさつをした日系シニアズ・ヘルスケア住宅協会ルース・コールズ理事長は、「20周年を迎え、これまでの成果を祝うと同時に、この先20年における日系社会のシニアの方々の将来を考える機会だと思います」と語った。シニアにはまだ多くのニーズがあり、「新しいプログラムや地域社会とのパートナーシップを築きながら、これからの20年でそれらのニーズに応えていくことが、私たちの希望であり、夢です」とこれからを見据えた。

 式典では、日系シニアズ・ヘルスケア住宅協会キッチンチームによる20周年を記念した特別な豪華お弁当が用意され、日系ホーム紹介ビデオや日系体操、彩月会による踊りの披露など、参加者は楽しいひと時を過ごした。

日系ホーム

 「日系カナダ人シニアの文化的ニーズに配慮した住宅の必要性は地域の多くのシニアの方々の長年の夢でした」とコールズ理事長はあいさつで語った。

 Nikkei Seniors health Care & Housing Societyホームページによると、協会は1975年9月に日系カナダ人のための住宅設立を目的にJapanese Canadian Societyとして始まり、2000年にJapanese Canadian Health Care Sociery of BCと統合。これを機にNikkei Seniros Health Care and Housing Sociery(Nikkei Seniors)と改名した。

 2002年にAssisted LivingホームNikkei Homeをオープン。当初は59ユニットで、完全バリアフリー、バストイレ付、カップルでも入居できる画期的なAssisted Livingホームとして注目された。

 日系ホームの食事は、同施設内1階にあるレストランHi-Genkiが担当。日本食料品店で知られるFujiyaが運営した。

 2016年にはロバート・ニイミ日系ホームに改名。2020年4月Hi-Genkiレストラン閉店。

 新型コロナウイルス感染拡大で訪問を制限するなどの影響は受けたが、現在も、「自立、尊敬、尊厳、プライバシー、選択」を理念に掲げ、シニアが「健康で長生き」な生活を送るために、プログラムやサポート、ケアを提供している。

日系ホーム20周年のイベントに花を添えた「彩月会」。2022年9月17日、日系文化センター・博物館。Photo from Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks
日系ホーム20周年のイベントに花を添えた「彩月会」。2022年9月17日、日系文化センター・博物館。Photo from Nikkei Place Foundation, by Manto Artworks

合わせて読みたい関連記事

2022年日本カナダ商工会議所クリスマス・ランチと第2回小松和子アワード授与式の開催

総勢32名が集まり楽しく歓談した昼の時。来年の抱負も語りながら交流の時間を過ごしました。写真提供:日本カナダ商工会議所
総勢32名が集まり楽しく歓談した昼の時。来年の抱負も語りながら交流の時間を過ごしました。写真提供:日本カナダ商工会議所

日本カナダ商工会議所のクリスマス・ランチと第2回小松和子アワード授与式が12月13日、ガスタウンのイタリアン・レストラン、Al Portoで開催された。着任2か月の在バンクーバー日本国総領事館丸山浩平総領事をはじめ、32名が参加し、和やかな雰囲気の集いとなった。

昨年から始めた小松和子アワードは、日本カナダ商工会議所発起人の一人で長年に渡り、会を引っ張ってこられた故小松和子氏を尊び設けられ、今年で2回目となる。

小松元会長の名前を冠したこのアワードは、地域社会への還元、貢献を通じて日本とカナダの国際交流にビジネス、文化、教育、観光で活躍した人や日系コミュニティーで活躍した人たちを表彰するもので、今年は10名が選出され、サミー高橋会長から授与式に参加された6名と2名の代理の方々に表彰状が渡された。

受賞者リスト

1)ライフタイム・アチーブメント・アワード

・かおりリトン氏、ウェイン・リトン氏 チーナBC Ltd (チーナカナダ)社創業者
・宮坂まり氏 月刊「ふれいーざー」ジャーナル・パブリッシング社主
・島田友子氏 スカイランド・トラベル社、escapes.ca 創業者

2)JCCOCリーダーシップ・アワード

・加藤真理氏 日本カナダ商工会議所理事
・高林美樹氏 日本カナダ商工会議所副会長、AK Jump Educational Consulting Inc. CEO

3)コミュニティ・サービス・アワード

・諸橋富雄氏 Bridges International Insurance マネッジング・ディレクター
・渡辺雅之氏 BC州日英翻訳家、お国自慢(I LOVE MY HOMETOWN) イベント実行委員会リーダー
・桑原茂子氏 合唱グループ「ウィンズ」の前リーダー(2000年―2020年)
・吉澤明子氏 ケロウナ日本語学校校長と日本文化継承プログラムのリーダー

着任2ヶ月の大変気さくな在バンクーバー日本国丸山浩平総領事のご挨拶でクリスマス会が始まりました。写真提供:日本カナダ商工会議所
着任2ヶ月の大変気さくな在バンクーバー日本国丸山浩平総領事のご挨拶でクリスマス会が始まりました。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:チーナBC Ltd. (チーナカナダ)かおりリトン氏とウエインリトン氏の代理のご子息のショーンリトン氏。1978年創業、家族経営の会社として、カナダの最高級グルメ商品の提供を長年してきた。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:チーナBC Ltd. (チーナカナダ)かおりリトン氏とウエインリトン氏の代理のご子息のショーンリトン氏。1978年創業、家族経営の会社として、カナダの最高級グルメ商品の提供を長年してきた。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:1992年に創刊された無料月刊『ふれいざー』ジャーナル・パブリッシングの社主、宮坂まり氏の長年のコミュニティ貢献を称える。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:1992年に創刊された無料月刊『ふれいざー』ジャーナル・パブリッシングの社主、宮坂まり氏の長年のコミュニティ貢献を称える。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:創業32年のスカイランドトラベルの島田明子氏。日本他アジアへの旅行専門としてBC州の日本人コミュニティの情報源となってきた。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント:創業32年のスカイランドトラベルの島田明子氏。日本他アジアへの旅行専門としてBC州の日本人コミュニティの情報源となってきた。写真提供:日本カナダ商工会議所
コミュニティ・サービス・アワード:日英翻訳家渡辺雅之氏:お国自慢実行委員会リーダーを務める。十四回続行しているお国自慢の総合司会を務め、日本紹介、文化継承、観光やビジネスや教育の多面を通して国際交日加国際交流に貢献。写真提供:日本カナダ商工会議所
コミュニティ・サービス・アワード:日英翻訳家渡辺雅之氏:お国自慢実行委員会リーダーを務める。十四回続行しているお国自慢の総合司会を務め、日本紹介、文化継承、観光やビジネスや教育の多面を通して国際交日加国際交流に貢献。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント賞を受賞された桑原茂子さん、通称モコさんは長年ボランティアをしてきたシニアホームで歌のプレゼントを企画したのをきっかけに、現在の混声合唱グループウィンズが結成されました。授賞式には残念ながら出席できず、賞状をモコさんのお宅まで、サミー高橋会長が届けました。写真提供:日本カナダ商工会議所
ライフタイム・アチーブメント賞を受賞された桑原茂子さん、通称モコさんは長年ボランティアをしてきたシニアホームで歌のプレゼントを企画したのをきっかけに、現在の混声合唱グループウィンズが結成されました。授賞式には残念ながら出席できず、賞状をモコさんのお宅まで、サミー高橋会長が届けました。写真提供:日本カナダ商工会議所

(寄稿 日本カナダ商工会議所)

合わせて読みたい関連記事

247 ☆ 「年の瀬も迫り、良いお年を」

sotokaramiru-nihongo

外から見る日本語

日本語教師  矢野修三

 ついこの間、新年の挨拶をしたと思いきや、早や師走のお出まし。「いよいよ年の瀬も迫りました」や「良いお年をお迎えください」など、またこのような挨拶をかわす時期になってしまった。正に、「光陰矢のごとし」を痛感している。

 この時期になると、生徒からの懐かしい、でもちょこっと困った質問を思い出す。「年の瀬」についてである。どうして年末を「年の瀬」というのか、なぜ「瀬」という漢字を使うのかなど、最初に質問を受けたときはびっくり、教師として、こんなこと考えたこともなかったので、焦ってしまった。

 でも、確かになぜ「瀬」なのか、我々日本人はほとんど気にしたことないが、語源は「川の瀬」である。「瀬」は川の浅い所だが、急流で危なく、無事に川を渡れるか、気になる場所。

 これについては江戸時代の一般庶民の暮らしぶりを理解すれば分かりやすい。当時はお金を後でまとめて支払う、ツケ払いが広まっていたようで、年末にそのツケをきちんと清算して新しい年を迎える。でも、落語でお馴染みの貧乏長屋などではお金の工面がままならず、無事にお正月が迎えられるか、気になる時期。

 そこで年末を「川の瀬」にたとえて、「年の瀬」と呼ぶようになったとのこと。なるほど。想像もつかなかったが、なかなか味のある表現。確かに、「瀬」は百人一首にも出てくるので、この「年の瀬」という言葉に「年末」とは何か違う思いを感じる日本人は多いと思う。

 生徒には細かなことは省いて、「川の瀬」は流れの速い所で、年末は忙しく、人の流れが速いので、「年の瀬」という言葉ができたが、意味は「年末」とほぼ同じ、と説明している。でもこれを英語に訳すのは難しく、「the end of the year」では、物足りないですね、などという上級者もいて、うれしくなり、じっくり説明したくなる。

 また、「良い年」は「よい年」か「いい年」か、どちらが新年の挨拶にふさわしいですか、などもよく質問される。教師にとって、この「良い」という形容詞は教えるのに一苦労。「良い」の読み方は「よい」だか、会話などでは「よいです」ではなくて「いいです」のほうが自然。さらに、「いいです」の否定形は、「さむい」は「さむくない」なので、生徒は「いくない」と思ってしまう。しかし「いくないです」はよくないので、「よくないです」と教えなければならない。

 一般的には「よい」は書き言葉で、フォーマル。「いい」は話し言葉でカジュアルな感じであり、ビジネス関連の得意先や上司などには改まった、漢字の「良いお年」を使い、友達などには気軽にひらがな書きの「いいお年」がいいかもね。御意!

バンクーバー新報、ご愛読の皆さま、
 「いいお年」ではなくて、「良いお年」をお迎えください。

YANO Academy(日本語学校)
・日本語教師養成講座  
・外から見る日本語講座      
毎月開催(オンライン講座)
電話:778-834-0025
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca

「年の暮*納めの月に里ごころ」

カナダde着物

第41話 *美しい日本を再確認*

 今年もあとわずかで終わろうとしております。

 雪景色の年の暮れとなりましたグレーターバンクーバーです。

 人の往来が多いこの時期に、雪のせいで帰省や旅行が予定通りにいかないことがあり、里心を感じる方もおられるかと思います。

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

「Cloudy & 6°C on Christmas Day in Vancouver Trumpeter Swanby 」by Manto Artworks
「Cloudy & 6°C on Christmas Day in Vancouver Trumpeter Swanby 」by Manto Artworks

 日本各地のお寺では、納めの不動という今年最後の縁日があります。

 天災や疫病を鎮静するとされ拝されてきた「不動明王」(*1)、通称「お不動さま」と現に生きる私たちとの縁を結ぶ日、とも言えるでしょうか。

 お不動さまの恐い怒りのお顔の下に慈悲があると聞きます。怒りの形相は、悪を断ち切り人々の煩悩を消し去るよう導いているのだそうです。

 人は思うようにいかない時や自分の選んだ道なのに喜びを感じない時などに、ふと他人へ八つ当たりをしてしまったり、責任転嫁をしがちです。

 なのに心の中では、ふつふつと寂しさがこみ上げてしまったり…。

 お不動さまは、そのような私たちの心が守護を通じて、感謝の気持ちに変わるよう手助けしてくださっているように思えます。

 里心を感じた時、自分がここにいることに感謝したいものです。

「Temple in Japan 」by Manto Artworks
「Temple in Japan 」by Manto Artworks

「美しい日本を再確認」

 今年の後半は、幸いなことに2回目の日本へ行くチャンスがありました。

 短い滞在でしたが、東京の茶道会館での「紅葉の茶会」への参加や京都で西陣織工房へ見学することができました。

 お茶会では、着物を召されたお客さま、手際がよいお茶人の皆さま、手入れのされた庭園や日本建築を拝見しました。

 茶道での着物は、一般の方から見ると地味だと言われます。しかし、その目的が単に着物を見せることではないということは、なかなか認識されていないのではないでしょうか。

 茶道が仏法を通じての修行の一部であり、他の道具や茶室との調和を大事にしているということも理由にあるのかも知れません。

 着物は季節感や縁起をかつぐ文様は大事にされますが、必要以上の華美は避けられます。

 お茶室や庭園の中でお茶人は、その存在や佇まいが美しく、それは豪華絢爛な着物を身に付ければそうなるというものではなく、中からにじみ出る内面が大きく影響してくるものだと感じます。

 お茶会に招く側と招かれる側では、着物や帯の格式やチョイスが違うということも、今後の着物コラムで触れていきたいと思います

 そして、日本美術に置いての「調和」は重要な要素のひとつでしょう。重要文化財や国宝とされた品々は正にその極めとも言えます。

 今回の旅行で印象に残りました、京都大徳寺の美しい庭園や茶室は心惹かれるものがありました。

 これからの日本は、こういった唯一無二で世界の人々を呼び寄せる場所として残るのではないかと思いました。

 日頃、日本文化をカナダの皆さまに広める活動を行うことが多いのですが、世界中の皆さまに日本に来ていただき、本物を見ていただくことができましたら本望です。

 真面目に語ってしまいましたが、カナダでの生活の中でもっと気軽に着物や日本文化を愉しむことも続けていきたいと思います。(*2)

 今年最後の着物コラムとなりました。

 これからも着物を通じて季節感や日本文化の素晴らしさを伝えることが出来ましたら幸いです。

 来年は兎年です。ホップステップジャンプ!と飛躍の年でありますように。

 良いお年をお迎えくださいませ。

コナともこ

「Rabbit 2023」by Manto Artworks
「Rabbit 2023」by Manto Artworks

*おまけ*

年末年始のお寺情報Tozenji Temple (西山浄土宗 東漸寺)

除夜の鐘:12月31日(土)
初詣:1月1日(日)~3日(火)
敷地内ではソーシャルディスタンスとマスクの着用をお勧めします。
皆様のご理解ご協力をお願いします。
お問い合わせは (604)939-7749 又は daihizan.tozenji@gmail.comまで連絡下さい。
東漸寺 209 Jackson Street, Coquitlam(無料駐車場有り、Skytrain Braid駅から徒歩15分)

詳しくはこちらから。https://www.vancouvershinpo.ca/community-bulletin-board/religious/2022/12/19/tozenji-new-year/

引用 

不動明王(*1)
仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。

気軽に愉しむ着物(*2)
“着物deクリスマス”
海外で装う着物ランキング第1位と言ってもいいほど、お勧めのクリスマスコーデです。(ちなみに第2位は夏の浴衣姿です)
是非、お試しくださいませ。

https://www.instagram.com/p/Cmn15NEOc_O/?igshid=YTgzYjQ4ZTY%3D

参照

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
きもの着方教室いち瑠 https://ichiru.net/column/kimono-christmas/

コナともこ
アラフィフの自称着物愛好家。日本文化の伝道師に憧れ日々お稽古に励んでおります。
12年前からコキットラム市の東漸寺で「和の学校」を主宰。日本文化を親子で学び継承する活動をしております。

年間を通じて季節の行事に加え、お寺での初参り、七五三祝い、十歳祝い、元服祝い、二十歳祝い、結婚式、生前葬、お葬式などの設えと装いのお手伝いもさせていただいております。

*詳しくはコナともこ までお問い合わせ下さい。tands410@gmail.com
東漸寺は非営利団体で、和の学校の収益は東漸寺の活動やお寺の維持の為に使われています。

カナダ人の夫+社会人と大学生の3人娘+老犬1匹がおり、バンクーバー近郊在住。

和の学校ホームページ https://wanogakkou.jimdofree.com/
Facebook https://www.facebook.com/tomoko.kona.98
Instagram https://www.instagram.com/konatomoko/?hl

 

第135回 こんな楽しい日系センター 古本市

グランマのひとりごと

 何時だったか、誰も知らない隣組へ$7.50のランチと「プリズマティック コーラス グループ」のコーラスが聞きたくて一人で行き、思い切り楽しい時を過ごせた。隣組で働く素晴らしいボランティア達との出会いもあった。このグランマ、車の運転が苦手だから、遠距離運転は勇気がいる。でもねぇ、あの楽しかった体験から、思い切って自分もボランティアをやってみたくなったのだ。
 でも、誰が83歳の難聴老婆をボランティアに使ってくれるだろうか?

 所が、ところがだ! 
 ボランティアをしたいと思い始めた途端、メールが入ってきた。日系センターで「古本市」のボランティア募集だ。「うわぁー!」喜んだこのグランマ。早速、正直に老人であると説明付きで応募した。それでもグランマは2日間、キャッシャーのボランティアをさせて貰えることになった。私を採用して下さったのは笠井律江さん、ボランティア係、日系センターのスタッフのようだ。
 兎に角、待ちに待ったその当日、リッチモンドの我が家から日系センターまで車で1時間と思い早めに家を出た。結局、40分位で日系センターへ到着。日系センターの玄関ホールには、沢山の本が既にザーッと並べられている。受付へ行くと、マスクをした、でも綺麗な若い女性がいた。互いに紹介しあい、彼女は川崎さんと言い、私に名札をぶら下げるように呉れた。

 「おお、いよいよ仕事だ」緊張!
 小さな手提げ金庫と会計用機械を、彼女は私に見せ、優しくクレジットカード支払いと現金支払いの受付、その処理方法などを教えてくれた。それは金曜日の朝11時から始まり、既にカウンターには売りかけの8個のヴィデオテープ箱が置かれていた。買う人がそれを入れる袋を探しに何処かへ行っているらしかった。
 あぁー。戻って来た。ニコニコ、明るく優しい感じのおじいさんだった。持って来た袋にヴィデオテープ箱を全部入れ、お金を払った。
 値段が1箱「1ドル」、本も全部1冊「1ドル」

 その頃、2階の事務所から、私を採用してくれた笠井さんが、会いに来てくれた。ここで、又明るく、優しく、そして、気配り、仕事に対する責任感が全身みなぎる、そんな笠井さんに出会えて、グランマはすっかり安心した。

 しかし、金曜日、来客の少なさ。11時に始まり、3時に終わるまでの来客数は12-13名。結局、本好きの私は客が本売り場に一人もいない時に自分がそこへ行き、自分の好きな本を買いあさり。「楽しかった!」2日間で50冊近い本を買ってしまった。重たくて持ちきれず、駐車場まで川崎さんが、2回目は笠井さんが持ってきてくれた。仲良しの作家桐島洋子さんの古い本が5冊、日本在住友人達用に探した時、入手が難しかった唐沢良子さんの本「やまばと」6冊も見つかり、うれしかった。

 次の古本市は何時だろう?日系センターの2階のブックショップでは週数日だけど1冊3ドルで常時売っているそうだ。

 沢山の本がこの安値で入手出来るバンクーバーの日系センター、出歩きが不得意なこのグランマでも、頑張って出かけてみたら、50冊の本が買えた。
 こんなに素晴らしい体験ができ、ついでに日本食材料まで買えるところもあった。
 遠いと思っていた日系センター、でも何だか頑張れば40分の運転、私でも行けるのだと痛感。また行こう!

Today’s セレクト

最新ニュース