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Naomi Mishima

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「日系5世、高祖父はカナダへの日本移民第一号とされている永野万蔵」キーガン・メッシング選手インタビュー(後編)

キーガン・メッシング選手、北京五輪、男子フリー。2022年2月10日、中国・北京。Photo by Greg Kolz/Skate Canada
キーガン・メッシング選手、北京五輪、男子フリー。2022年2月10日、中国・北京。Photo by Greg Kolz/Skate Canada

 昨シーズン、30歳にしてカナダ選手権で初優勝を飾った、キーガン・メッシング選手。オリンピックに初出場したのが26歳ということもあり、「遅咲き」と呼ばれることも多い。

 カナダとアメリカの二重国籍を持ち、現在、アメリカ・アラスカ州アンカレッジに住むメッシング選手。日系5世で、高祖父はカナダへの日本移民第一号とされている永野万蔵という系譜を持つ。2021-22年シーズンが終了した5月にZoomで話を聞いた。

30歳でカナダ選手権初優勝、遅咲きのカナダ代表キーガン・メッシング選手インタビュー(前編)

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カナダフィギュア界のレジェンド、エルビス・ストイコに憧れ

キーガン・メッシング選手、北京五輪、男子フリー。2022年2月10日、中国・北京。Photo by Greg Kolz/Skate Canada
キーガン・メッシング選手、北京五輪、男子フリー。2022年2月10日、中国・北京。Photo by Greg Kolz/Skate Canada

– フィギュアスケートを始めたのはいつですか?

 初めてアイススケートをしたのは3歳の時で、家の裏の小さな池でした。1994年オリンピックでカナダのエルビス・ストイコ選手がジャンプやスピンをするのを見て、僕もスケートをしたいと大騒ぎだったそうです。

 スキー場の近くに住んでいたのでスキーも好きで、16歳までは競技にも参加していました。今でも父とバックカントリースキーに出かけます。次のシーズンは同じような筋肉を使うテレマークを、トレーニングの一部に取り入れられたらいいなと考えています。最後のシーズンになるので、いつもと違うことにトライしてみたいです。

– アラスカ在住ということで、カナダとアメリカの二重国籍で、当初はアメリカ代表選手でしたね。

 7年間、チームUSAで滑りましたが、アメリカ代表になったことは後悔しました。小さいときから、カナダ代表が目標だったからです。

 フィギュアスケートの大ファンだった祖母から、カート・ブラウニングやエルビス・ストイコについて聞いて育ちました。だからカナダ代表になるのが夢だったんです。

 ノービスだった14歳のとき、トリプルアクセルに成功して、注目されるようになりました。アラスカに住んでいたため、アメリカチームから春のイタリアでの大会に出るかとオファーがあり、受けました。

 大会が終わって、次はカナダ代表で滑りたいと思ったら、一度アメリカ代表として出場したので、国を変える場合は続く2シーズンはカナダ選手権にしか出られないと知りました。

 2年待つことはできないと、アメリカ代表を続けました。でもカナダ選手として滑りたいという想いが常にあり、2014~15年のシーズンで変更しました。

– 大きな決断でしたね。

 はい。変更を決めたときにはすでに22歳でした。24歳ぐらいで引退すると思っていたのですが、2年後には24歳です。2年待つのだから続けよう、次のオリンピック(平昌五輪)には26歳だけど、がんばってみようか…そんな感じで30歳になりましたがまだ滑っています。

カナダへの日本移民第一号とされている永野万蔵の子孫

– キーガンさんは日系移民との関係も深いということですが、ご存知でしたか?

 はい、高祖父は、カナダへの日本移民第一号とされている永野万蔵です。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州で店を経営していました。日本人の子孫でもあるということを誇らしく思っています。

 ユズルやショーマなど、日本人には練習熱心で卓越した選手が数多くいて、尊敬していますし、刺激も受けています。Inspiring、RESPECTしています。フィギュアスケートのファンだった祖母は、日系カナダ人でした。そんなこともあり日本へのつながりを強く感じています。最後のシーズンとなる来年のNHK杯にはぜひ出場したいと思っています。

– 世界選手権が終わって、オフシーズンに入りました。基本的に休んでいるのでしょうか。

 回転する感覚を忘れてしまうので、休みは取りません。世界選手権を終えて1週間休んで練習に戻ると、トリプルアクセルが飛べなくなっていました。

 トリプルアクセルがダメなら4回転トウ!とトライしてみたら、驚きました。身体が痛いんです。すでに1時間以上滑っていて、ウォームアップもできていたのに、膝、関節、筋肉、全てが痛みました。

 過酷な4回転ジャンプをどうやって身体にできるだけ負担をかけずに飛ぶか、身体が覚えているんです。

 今はスローペースで1日大体1時間ですが、練習は続けています。スターズオンアイスに出る予定で、フリープログラムをショー用に短くしたものを滑ります。来シーズンに向けての良い練習になると思っています。

 シーズンを終えたら引退するつもりでいます。次のシーズンが最後になるので、しっかり準備するつもりです。

キーガン・メッシング選手
アメリカ・アラスカ州アンカレッジ在住のフィギュアスケート選手。平昌、北京オリンピックのカナダ代表。カナダとアメリカの二重国籍を持つ日系5世。高祖父はカナダへの日本移民第1号とされている永野万蔵。1992年生まれ。

(取材 西川桂子)

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ウクライナの友人の教育支援に「クレア・ポストカード・プロジェクト」

ホームページにて注文を受け付け中。Photo by The Vancouver Shinpo
ホームページにて注文を受け付け中。Photo by The Vancouver Shinpo

ポストカードの収益を教育に関わる物品の購入に

仙北谷クレアさん。Photo by The Vancouver Shinpo
仙北谷クレアさん。Photo by The Vancouver Shinpo

 今月9日、バンクーバー在住の仙北谷クレアさんが行うウクライナの青少年団体への教育支援を目的としたホームページが完成した。その名も「クレア・ポストカード・プロジェクト」。

 バンクーバーを拠点に活躍する写真家・斉藤光一さんの写真教室で習った腕前を活かし、バンクーバーの景色や愛犬チャーリーのポストカードをホームページで販売。収益金をキーウの子どもたちの文房具など教育に関わる物品の購入に充てる。

 5枚20ドル。バンクーバー以外の場所(国内、海外)に送る際の郵送費や包装紙代も含まれている。母・有子さんが作成したホームページから注文を受け、父・蔵人さんとクレアさんで梱包し発送する。家族で力を合わせて実現したプロジェクトだ。

同門の合気道教室、育んだウクライナの友人との絆

仙北谷クレアさん(左)と師範の父・蔵人さん(写真提供:武仙会)
仙北谷クレアさん(左)と師範の父・蔵人さん(写真提供:武仙会)

 クレアさんは東京生まれバンクーバー育ちの11歳。現在の習い事は写真と合気道で、忙しい毎日を送っている。合気道は4歳の時から父に直接指導を受けている。蔵人さんは茨城県笠間市発祥の岩間流合気道の師範。バンクーバーをはじめ東京、マレーシア、インドネシア、台湾、イギリスに教室を開く「武仙会」代表でもある。

 今回の支援は、蔵人さんと同じく師範で岩間流合気道ウクライナ・キーウ教室「ウクライナ岩間神信合気修練会」で教えるウクライナ人のマキシム・ウラジミロフさんとの繋がりから生まれた。

侵攻が続く中、ひたむきに稽古に励む

マキシム・ウラジミロフさん(左)とのビデオ通話の様子(写真提供:武仙会)
マキシム・ウラジミロフさん(左)とのビデオ通話の様子(写真提供:武仙会)

 蔵人さんとマキシムさんは海外の教室で出会い、合気道を通し家族ぐるみで親交を深めてきた。

 だが、最近では顔を合わせることやコミュニケーションを取ることに苦労している。理由は2020年から続く新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大による海外への渡航制限と、ロシアによるウクライナ侵攻だ。

 師範は弟子や生徒の級位と段位の審査を行うため各国の教室に出向く。本来なら蔵人さんとマキシムさんとはそこで度々顔を合わせるはずだ。だが、感染症防止のため直接会うことは叶わず、ビデオ通話会議を2カ月に1度行うことで生徒の様子や今後の教室のスケジュールなどの情報を交換していた。

 その後さらに、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。その影響はマキシムさんの教室や家族の生活を一変させた。避難生活を余儀なくされ、一時連絡が途絶えたあと、テキストメッセージを何度かやりとりするようになった。

体育館での稽古の様子。右はマキシムさんの弟子ユリヤさん(写真提供:ウクライナ岩間神信合気修練会)
体育館での稽古の様子。右はマキシムさんの弟子ユリヤさん(写真提供:ウクライナ岩間神信合気修練会)

 ようやく今年3月にビデオ通話会議を再開できた。そこでは想像を超える現状がマキシムさんらの口から語られた。師範らの多くが戦地へ向かったこと、国外に避難する人たちや空襲に備えながらの稽古の様子など、報道で得るのとは肌感の異なる生々しいものだ。

 マキシムさんらは、合気道教室のコミュニティの支援などを受け、稽古の拠点をキーウから別の道場に移した。そこでは、稽古中に空襲警報が鳴り防空壕に逃げ込まなければならなかったり、稽古に必要な胴着をはじめ子どもたちが勉強に使う文房具なども不足しているという。生活のさまざまなインフラが滞る危険も迫っている。

 段や昇級に関わる審査はビデオ通話を通してしか実施できない状況が続く。本来であれば昇級していてもおかしくない日数の稽古を積み実力のある子どもたちを審査することができない。今日や明日の生活や家族の安否を案じながら、それでも稽古にひたむきに取り組む様子に歯がゆさを覚えたという。「個人の力でもできることはないか」と仙北谷さんの家族は考えた。

「クレア・ポストカード・プロジェクト」が始まった

写真教室の斉藤さん(左)に指導を受けるクレアさん(写真提供:仙北谷蔵人さん)
写真教室の斉藤さん(左)に指導を受けるクレアさん(写真提供:仙北谷蔵人さん)

 クレアさんは写真教室の日、斉藤さんにキーウの同年代の子どもたちのために写真を活かしてできることはないか相談した。すると、ポストカードの作成と収益金の寄付を提案されたという。過去に地元の青少年団体にポストカードの売上を寄付した経緯があると伝えられ、斉藤さんのアドバイスを受けながら、ポストカードの作成、販売の準備が始まった。

 写真教室では、さまざまな被写体を基にフォーカスや画角選びなどを習ってきた。これまで、休日には親子でニコン一眼レフを手にバンクーバーの自然を撮影するために出かけ、夢中でシャッターを切った。自分たちの力で役に立つことができる、クレアさんは支援したい気持ちを伝えるため、早速、蔵人さんに頼みマキシムさんへ一報を入れた。

彩り豊かに切り取られたバンクーバーの観光地と仙北谷さん一家の愛犬チャーリーの写真。Photo by The Vancouver Shinpo
彩り豊かに切り取られたバンクーバーの観光地と仙北谷さん一家の愛犬チャーリーの写真。Photo by The Vancouver Shinpo

 合気道を通じて出会ったウクライナ人の友人に教育の機会を諦めてほしくない、その思いでクレアさんはポストカード作りに取り組んだ。母・有子さんはグラフィックデザインやウェブサイトのホームページ作成を仕事で扱うことがあり、ホームページの作成・デザインなどを担当した。

 ホームページ公開前から、クレアさんが通う小学校の先生や生徒、家族に口コミで広まり、ポストカードでの支援に多くの賛同を得ているという。市内の大企業からも連絡が入るほど広まっている。

さくらにフォーカスした「Cherry Blossoms」5枚セット。Photo by The Van-couver Shinpo
さくらにフォーカスした「Cherry Blossoms」5枚セット。Photo by The Van-couver Shinpo

 今回のホームページ公開により注文受付までの作業が簡易になり、より早い支援につながると期待する。

 ポストカードは、クレアさんの目を通したバンクーバーの桜や夕景など、全部で10の絵柄が楽しめる。5枚セットで、「Cherry Blossoms」「Vancouver Landscapes」の2種類を用意している。

今後について

 合気道を通じて今回は個人的な支援に繋がったが、クレアさんは「何かできることはないか、報道を見て多くの人が思っているはずです」と話す。「これで終わりではなく、次に繋げられるようにしたい」

 今後は「子どもたち同士で対話の場を持って、そこで生まれるアイデアも形にできたら子どもたちのためになると思っています。何が求められているか、何ができるかを今後も考え続け、今困っている人をサポートしたい」とすでにプロジェクトの広がりに目を向けている。

 7月30日に開催されるパウエル・ストリート・フェスティバルでの演武披露や今後の昇級に向けて練習に打ち込む毎日の中でも、ウクライナの友人が練習の機会を失わないようこれからもウクライナ教室と連携を取りながら支援を続けていく。

 ポストカードは「クレア・ポストカード・プロジェクト」ホームページから購入できる。https://iis-int.com/clairespostcards/

ウクライナ教室の子どもたち(写真提供:ウクライナ岩間神信合気修練会)
ウクライナ教室の子どもたち(写真提供:ウクライナ岩間神信合気修練会)

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運のいい奴 10-3 ~投稿千景~

エドサトウ

 入院して1カ月半、体重は10㎏痩せて62㎏になってスマートになり、いくぶんいいスタイルになったが、反面、筋肉が衰えてくると、脳も筋肉と同じような性質なのか脳も小さくなることがあるらしい。これがいわゆる老化現象なのであろうか?帰宅後は、ウオーカーを使用しながら、近所の公園を朝夕二回、1時間ぐらい歩いて、足の筋力の回復につとめていることにより少しずつ、元の生活に戻りつつある今日この頃である。また、元気になれば、好きな旅行などをしてみたいものである。

 はるか海の向こうのウクライナでは戦争があって、多くの人命がモダンな文明の火力兵器により、いとも簡単に破壊されていく一方で、この先がどれほどの人生かも分からない老いたる小生を大切に扱うカナダの社会をありがたく幸せに思うものである。ウクライナの人々とロシアの兵隊さんにも平和が訪れることを祈りたいものである。

 余談であるが、6月も終わりに近く、すっかり夏日となった早朝にメールを開ければ、延び延びとなっていた映画新『将軍』の撮影通知のメールがいきなり届き少々ビックリであったが、映画会社のリムジンが8時半に運転手の笑顔ともに一緒に迎えに来てくれた。

 夏の緑多きバンクーバーの街を通りぬけて、郊外のマンモススタジオの役者専用のトレイラーハウスの個室に落ち着くと、僕の専属のADさんが来て、今日の段取りを知らせてくれる。さらに、日本人のスタッフのナツさん(仮名)が、少し足の不自由な僕に付き添い、一日サポートをしてくださった。

 映画の撮影は、ほぼ最終段階で午前中は、主人公とその脇役の最後の撮影中だと付き添いのナツさんが話をしてくれた。そのためか僕の撮影は昼過ぎとなる。しかし、待っている間にぼくはメークアップ、それから、着物の着付けなど、さらには今日のセリフの練習を付き添いのナツさんとするなど僕の方も準備で忙しくある。

 ナツさんの話では、今日は最後の打ち上げパーティーのようで、ビッグな昼食が用意されていると言うので、少々驚きであった。スタジオ横の大きなテントの中にありとあらゆる世界中の料理が並べられてあった。

 僕の撮影は、順調に進み、その途中に昼食の案内があり、ナツさんと白人の女性のADさんに案内されて、昼食会場のテントへ。多くのスタッフが長い列をなして並んでいるが、役者の僕は最優先で列の一番前に入れてもらう。たぶん役者は撮影時間が控えているためかもしれない。また、足が少し不自由なためなのかもしれないが、嬉しかった。明日は、僕の誕生日なので、自分自身のビックパーティーになったような気がした。左足と手先が少し不自由なので、ナツさんのサポートは助かった。

 僕の選んだメニューはメキシカン風の小さなタコスに乗せられたサラダ2個ずつで4個、フレッシュな野菜サラダ、焼き鳥2本、巻きずし4個、握り寿司2かん、それに中国のシュウマイ、生のオイスターなどをいただいた。デザートも幾種類もあったが、ナツさんが再度デザートテーブルに行き、僕の分まで運んでいただき、楽しい最後の映画撮影日となった。

 遠い過去の日、僕は東南アジアの親善交流団の一員となり、出発前夜に首相官邸での立食パーティーに参加したことを思い起こす。当時の佐藤栄作総理の挨拶と乾杯音頭、初めての立食パーティーのあの華やかな思い出が脳裏によみがえる。

 撮影は、台詞のチェンジ、演出の変化などがあったが、順調に進み、撮影の合間に総合プロデューサーのSさんが僕の所に来て、「良かったです。いい撮影ができました。まだ、撮影はあるけれど、あとは気楽にやってください」と話しかけられたのは、望外の喜びであった。

 映画新『将軍』の大成功を祈るのみである。

 さて、この夏には2年ぶりのパウエル祭で、ぼくが所属しているザダイコングループも『ネズミ経』というコメディを上演します。是非、見に来てください!

(以上です)

第130回「グッド ラック」

グランマのひとりごと

~グランマのひとりごと~

 許 澄子

 毎日が「思い出」整理の終活で生きる82歳半のお婆さん。そんなある日、ふっと「若いから出来る事もあるし、年齢をとったからこそ出来る事もある。あそこでなら出来る事もあるし、ここだからこそ出来る事がある。出来る事を探せば、出来る事がある。」とこのお婆さんがしみじみつぶやいていた。

 幼稚園時代から器械体操が大好きで、何とかのチャンピオンなんて言われ、でんぐり返しの好きな孫娘が数年前、サーカス「シルク ド ソレイユ」のオーディッションを受けて合格。世界中から集まった数百人の申請者中から、受かったのがたった7人だったと聞いた。そして、サーカスをやることになった。

 その時、中学生だった彼女は頑張って、日本からカナダのフランス語圏モントリオロールに行った。渡航前に母親がフランス語の勉強を薦めたが、本人は勉強しなかった。日本語と英語が話せるからと「フランス語」の必要性を感じなかったのだ。

 思えば今から約51年前、私達家族が暖かな香港からカナダに移民。最初の居住地はそれは寒いモントリオールだった。更にそこは「静かな革命」つまりケベック州の独立運動の真っ最中だったから、「仏語」が重要で、私は到着と同時に公立仏語学校へ入学した。政府がしっかり生活を守ってくれ学費は無料、週150ドルの生活補助金が在学中支払われた。一家のグロッサリー代は当時週50ドルくらいだった。しかし、1年足らずの勉強で仏語が自由に使えるようにはならなかった。やがて、巷に子供達の教育に関して、英語の公立校は閉鎖、全部フランス語になると噂された。それに就職先も見つからない。やっと建築技師の夫が収入を得る為に友人のレストランでウエイターとして働かせてもらうようになった。そして、ある日、彼が笑いながら言った。「客が去った後、テーブルを掃除していたらね、“ No French No Tips!”って書いた紙が置いてあったんだよ」夫は明るく笑っていた。けれど彼はつらかっただろうなぁ。

 移民して僅か2か月後、頼りにしていた弟夫婦はBC州政府の「worker’s compensation board」に就職が決まり、越していった。我々は彼らの家を買い取り、それでも意気揚々と住み始めたモントリオール。しかし、そこで3年間、頑張ったが先が見えない。結局、弟の後を追うようにバンクーバーへ越したのだ。モントリオールの英系小学校生だった娘も、当時の仏語問題を自然に感じていたから、今回、我が子がモントリオールに行くにあたり、仏語を勉強するように助言したわけだ。しかし、中学生の娘は勉強しない。彼女はそれでも、約1年数ケ月間「シルク ド ソレイユ」でサーカスのトレーニングとモントリオールで普通中学勉強をやった。その間の苦労は並大抵ではなかった様だ。いじめにあったかと心配したが、そうではなく逆に言葉の問題で、多くの人の助けと優しさに支えられたのだという。そういえばここで「苛めの話」はあまり聞かないね。

 その彼女は高校から日本へ戻り、今上智大学の2年生。アルバイトの「でんぐり返し」でテレビ出演や、広告に出たり、結構サーカストレーニングが役立っているようだ。

 ねぇ、「若いから出来る事もあるし、年齢をとったからこそ出来る事もある。あそこでなら出来る事もあるし、ここだからこそ出来る事がある。出来る事を探せば、出来る事がある。」のだよねぇ。

242 ☆ 「い抜き言葉」はダメなの?

sotokaramiru-nihongo

外から見る日本語

                                     日本語教師  矢野修三

  昨今のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の進化は誠にすさまじい。人とのコミュニケーションはどんどん便利になるが、メカについていくのも大変である。確かに、どこにいても、いつでも気楽にメッセージが送れ、まるで会っているように話ができる。電話など無い、はるか昔には全く考えられず、会って話すから「会話」なので、そろそろこの漢字「会話」はお払い箱になるのではと、いささか心配である。

 このSNSの登場に伴い、言葉のやり取りにいろいろ変化がみられる。省略文字や絵文字などはどこの国の言語でも同じであろうが、特に日本語はその影響が大きいと言われている。それは「話し言葉」と「書き言葉」がはっきり分かれている言語だから。でもチャットなどは当然「書き言葉」ではなく、「話し言葉」で書くようになり、両者の差がどんどん無くなってきている。

 その一つの例が「い抜き」。本来は「食べている」や「飲んでいる」であるが、「い」を抜いて「食べてる」や「飲んでる」になる、いわゆる「い抜き言葉」である。しかし、この表現は基本的に会話にしか使われないので、「ら抜き言葉」などに比べると、一般的にはあまり知られていない。この「い抜き言葉」、もちろん文法的には間違いであるが、会話の中ではかなり前から広まってきていた。でも文章として目に入ることはなく、あえて問題にする必要もなかったのであろう。

 しかし日本語教師としては、この「い抜き言葉」をかなり意識しなければならない。もちろん生徒には「動詞+ている」と説明して、「食べている」や「飲んでいる」としっかり教えてる、ではなく、教えている。

 でも、スマートフォンのお出ましで、この「い抜き言葉」がいろいろな場面に文字として登場してきた。すると日本語学習者はその違いが気になる。さてその違いは? 個人差にもよるが、我々日本人は、正式な「何を食べているの?」よりも、「い抜き」の「何を食べてるの?」のほうにカジュアルで親しさを感じる人が多いのでは。いかにも。

 乗り物の中でスマホを片手に、「いま向かってるから、待ってて」など、堂々と「い抜き」でメッセージを打っている年配の日本語教師がいる。うーん、最初は教師として「まずいかな・・・」、でも、慣れると便利で楽しんでる、ではなく、楽しんでいる。事実、この「い抜き」は話し言葉のくだけた言い方として、すでに載ってる、ではなく、載っている辞書もある。なるほど。

 明治期の言文一致ではないが、書き言葉の大きな変化期。「スマホのメッセージなどにはノープロブレム、先生も使ってるからね」と、生徒にも教えたほうがよさそうである。

YANO Academy(日本語学校)
・日本語教師養成講座  
・外から見る日本語講座      
毎月開催(オンライン講座)
電話:778-834-0025
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca

灯屋煙火店バンクーバーの夜空を彩る! Honda Celebration of Light日本の花火で3年ぶりの幕開け(Photo)

Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito
Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito

 Honda Celebration of Lightが帰ってきた。バンクーバーの夜空を鮮やかに彩る夏の風物詩は日本の「灯屋煙火店」で3年ぶりの幕を開けた。

 今年は日本のほかに、カナダとスペインが参加。この夏一番の暑さとなっているイングリッシュベイは、早くから多くの人が集まり、さらに熱くなっている。

 2014年、2017年にも参加し優勝した「灯屋煙火店」のHonda Celebration of Light 2022をお届けする。

(写真提供:斉藤光一)

Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito
Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito
Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito
Team Japan of Honda Celebration of Light. July 23, 2022, English Bay, Vancouver, BC; Photo by ©Koichi Saito
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バンクーバーに熱波襲来、BC内陸部では40度越え

暑さ対策に設置されたMisting Station。消火栓から水を引いたシャワーが辺りを涼やかに。2022年7月26日リッチモンド市。Photo by Japan Canada Today
暑さ対策に設置されたMisting Station。消火栓から水を引いたシャワーが辺りを涼やかに。2022年7月26日リッチモンド市。Photo by Japan Canada Today
暑さ対策に設置されたMisting Station。消火栓から水を引いたシャワーが辺りを涼やかに。2022年7月26日リッチモンド市。Photo by The Vancouver Shinpo
暑さ対策に設置されたMisting Station。消火栓から水を引いたシャワーが辺りを涼やかに。2022年7月26日リッチモンド市。Photo by The Vancouver Shinpo

 バンクーバーを含むブリティッシュ・コロンビア(BC)州広域を熱波が襲っている。26日はバンクーバーダウンタウンで29.5度、ウエストバンクーバーで34.1度、メトロバンクーバー内陸部アボツフォードで35.4度、ピットメドウズで36.2度、州都ビクトリアでも31.5度と軒並み高くなった。カナダ環境省によると26日のバンクーバーは湿度も77%と高く、気温以上に体感温度が上がった。

 この日の最高気温を記録したのは、BC州内陸部のリトンで40.2度。昨年は49度を記録した内陸の小さな町では今年も高温と山火事が襲っている。

 カナダ環境省はバンクーバーを含むBC州広域で高温警報を発令。気温が高い状況は今週末まで続く予報で、27日から29日までがピークと見られている。予報によると、メトロバンクーバーでも内陸部では31度〜35度、海岸に近いところでも25度〜29度となる予報。

Image from Environment Canada
Image from Environment Canada

 高温警報は、高温や高湿度により熱中症や熱性疲労を起こす危険性が高くなったときに発令される。BC州政府は、めまい、頭痛、吐き気、喉の渇き、激しい呼吸や心拍数の増加、異常な喉の渇きなどの症状が出た場合は、すぐに涼しい場所に移動するか、助けを求めるよう呼びかけている。

 またメトロバンクーバーでは現在、地上レベルのオゾン濃度が高く、今週いっぱい続くと予想されるため、メトロバンクーバー東部とフレーザーバレーに大気質勧告(Air Quality Advisory)が発令されている。高齢者や妊婦、子ども、呼吸器系疾患がある人など、気温が高い日中は外出しないよう促している。

カナダ環境省高温警報:https://weather.gc.ca/warnings/index_e.html

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ラングレーで早朝に起きた発砲事件、3人死亡、2人負傷

 早朝に緊急警報がスマートフォンから鳴り響いた。ラングレー市で起きた発砲事件の容疑者への警戒を知らせる内容が、バンクーバー広域圏の住民に発信された。

 時間がたつにつれ事件の概要が明らかになった。

 ラングレーRCMP(連邦警察)によると、午前0時ごろラングレー市で最初の発砲事件が発生、その後場所を変え午前3時40分ごろに2回目、午前5時ごろに3回目、午前5時45分ごろに4回目の発砲事件が起きたという。4件とも場所が異なるがラングレー市内とその近郊で、数キロ件内で起きた。モールやカジノ、住宅街など人が多く行き交う場所での発砲事件に衝撃が走った。

 クリーク・ストーン・プレースで起きた1回目とローガン・アベニューとグロバー・ロード近くのバスループでの3回目の発砲で、ホームレスの男性2人が死亡。2回目が発生した203Aストリートとフレーザーハイウェイではホームレスの女性が撃たれ病院に運ばれたが重体、4回目のラングレーバイパスと200thストリートでは男性が脚を打たれ負傷した。

 容疑者はジョーダン・ダニエル・ゴビン(28)。警察は、男は4回目の発砲が起きた現場近くで警察官によって射殺されたと発表した。IHIT(The Integrated Homicide Investigation Team)は、ゴビン容疑者について知っている人を探していると呼びかけている。

 動機は分かっていないが、ホームレスを狙って発砲していたと見られている。

 緊急警報は、午前6時20分ごろ、午前7時20分ごろ、午後3時ごろの3回ラングレーRCPMによって発信された。

 ブリティッシュ・コロンビア州では発砲事件が相次いでいる。州都ビクトリア市近郊では先月、銃を持った双子の兄弟による銀行強盗事件が起きた。白昼に街中で警察との銃撃戦となり、2人とも死亡した。

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オッペンハイマー公園周辺が例年になく盛り上がる!第46回パウエル・ストリート・フェスティバル

The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura
The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura

 もう開催される前から例年になく盛り上がるのではないかと期待いっぱいの2022年パウエル祭(Powell Street Festival)。今回で46回目を迎える。

 会場はオッペンハイマー公園を中心に、道路を隔ててバンクーバー仏教会や、ブロックを超えたバンクーバー日本語学校、道路に設営されたステージでは音楽グループや和太鼓などのパフォーマンスが、ぎっちりと詰まっている。

夏祭りに欠かせないかき氷。バンクーバーで宇治金時。The Powell Street Festival in 2018
夏祭りに欠かせないかき氷。バンクーバーで宇治金時。The Powell Street Festival in 2018

 もちろんみんなのお楽しみ、ジャクソン通りにも、アレキサンダー通りにも、ズラリと屋台が並ぶ。日本の夏祭りには欠かせないたこ焼き、お好み焼き、かき氷は言うに及ばず、地元バンクーバーのフェスティバルで人気のポテトやハンバーガーなど、迷ってしまうほど。

 クラフトやマーケットプレースのブースだって今年も充実。「旧パウエル街」を解説を聞きながら巡るライオット・ウォークは日系移民の歴史を知ることができる貴重な体験。

 2日間では回り切れないほど、楽しさ満載だ。

ステージがにぎやかな今年のパウエル祭

 相撲トーナメントや神輿など人気プログラムもさることながら、今年はステージがにぎやかだ。和太鼓や音楽グループ、武道グループ、ダンスに演劇と幅広い。

 会場もオッペンハイマー公園周辺を飛び出し、ファイアーホール劇場(280 E. Cordova St. Vancouver)やアンビルセンター(777 Columbia St, New Westminster)でも、イベントが開催される。

 3年ぶりに人々が集う日系カナダ人コミュニティ最大のお祭り「パウエル祭」。いつにもまして弾けるフェスティバルとなりそうだ。

The Powell Street Festival

期間:7月30日(土)、31日(日)11:30am – 7pm
会場:オッペンハイマー公園周辺
HP:https://powellstreetfestival.com/
イベントフルスケジュール:https://powellstreetfestival.com/events/
イベント詳細情報:https://powellstreetfestival.com/all-festival-events/

The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura
The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura
The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura
The Powell Street Festival in 2017; Photo by Miyuki Nakamura
The Powell Street Festival in 2019
ダルマと少女。The Powell Street Festival in 2019
フード店前にはいつも行列が...。The Powell Street Festival in 2019
フード店前にはいつも行列が…。The Powell Street Festival in 2019

(編集部)

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子どもが楽しく日本語を学べる機会をノースショアで

子どもたちの「日本語を話したい!」という意欲が授業中の笑顔に (Photo: North Shore Kids Japanese Conversation Club)
子どもたちの「日本語を話したい!」という意欲が授業中の笑顔に (Photo: North Shore Kids Japanese Conversation Club)

この夏、ノースバンクーバーに子ども向け日本語会話クラブをオープンしました。場所は、ロンズデールキーマーケットから徒歩3分ほどの好立地にあるJohn Braithwaite Community Centreです。

このクラブは、子どもたちが日本語を話したいという「意欲」を育むことを目的としています。そのため、ゲームやクイズ、クラフトなどたくさんの遊びを通して、楽しく日本語で会話できるよう、徹底したカリキュラムを組んでいます。また毎回子どもたちの知的好奇心を高めるトピックを準備し、日本の文化や魅力を伝えるようにも努めています。

7月にスタートしたばかりの新しいクラブですが、子どもたちの笑い声が絶えず、「今度、会話クラブいつあるの?」と、楽しみにしてくれているお子さまたちの声を、保護者の方々を通して、たくさんいただいております。8月からは、小学生(1年生から7年生)クラスに加え、幼児(4歳から6歳)クラスも開始することになりました。

また会話クラブにお越しの際は、土曜日ならではのノースバンクーバーをお楽しみいただけます。ロンズデールキー周辺では、ロンズデールキーマーケットに加え、多様なジャンルのフードテントや新鮮なローカル野菜・フルーツが立ち並ぶファーマーズマーケットもあります。また海岸沿いに面したシップヤードでは、子どもたちに人気のプレイグランド、おしゃれなカフェやレストランもあり、ダウンタウンの綺麗な景観を堪能しながら、ちょっとした息抜きもできると思います。

ノースショアには子どもが日本語を学べる場所がないとの声に応えたいと、こうした機会を作りました。この夏、まだまだ子どもたちの笑顔がはじけるのが楽しみです。

(寄稿:小林昌子 ノースショアにほんごキッズクラブ)

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インスタ:@northshore_kids_japanese
メールアドレス:Northshorekidsjapanese@gmail.com
フェイスブック: www.facebook.com/northshorekidsjapanese

子どもたちの「日本語を話したい!」という意欲が授業中の笑顔に (Photo: North Shore Kids Japanese Conversation Club)
子どもたちの「日本語を話したい!」という意欲が授業中の笑顔に (Photo: North Shore Kids Japanese Conversation Club)

アニメレボリューションのスーパー戦士!CEO/ビジネスマンCan Ngoさんインタビュー

アニレボでは大忙しのCanさん。Photo by © 2011 - 2022 Anime Revolution Events Inc.
アニレボでは大忙しのCanさん。Photo by © 2011 - 2022 Anime Revolution Events Inc.

 夏にぴったりのアニメの祭典、アニメレボリューション。アニメの世界だけでなく日本文化も広めてくれるバンクーバーの一大イベントには毎年大勢のアニメファンが詰めかける。今回はそのアニレボの仕掛け人、CEO(最高経営責任者)でビジネスマンでもあるCan Ngoさんに話を聞いた。

アニメとの出会い

オフでは夫人や家族との時間が大切。Photo by © 2011 - 2022 Anime Revolution Events Inc.
オフでは夫人や家族との時間が大切。Photo by © 2011 – 2022 Anime Revolution Events Inc.

 Canさんは両親がベトナム戦争から逃れて滞在していたタイで生まれた。カナダへ移住が決まり喜んだ父親がCanという名前をつけたという。両親と4人の子どもたちがカナダへ移住して新しい生活が始まったが、彼がわずか10歳の時に母親が亡くなった。そのころカナダはフォスターケア制度を取り入れていたため、子どもたちは別々の家族に預けられた。Canさんは家族と離れて寂しくてたまらなかったという。

 そんな時、アニメに出会った。まだインターネットもなく、テレビからCDにダビングして友達と交換していた時代。Canさんも友達から借りた「るろうに剣心」(オリジナル版)を夢中で視聴した。アニメは彼の心に癒しを与えてくれたという。

 14歳でIT会社に就職し、テクノロジーを始めとしてビジネスのノウハウも取得。その後自分のIT会社を設立した。もちろんアニメも見ていた。だが参加していた小さなアニメコンベンションがなくなった時、自分と同じようにアニメで慰められた人たちが悲しむのを見て、それなら自分が新しいアニメの集まりを作ろうと考えた。

 「最初から大きなことはできない。まず小さくてもいいからと考えてスタートしました」と振り返る。もちろんその当時は、これがのちにバンクーバーからトロント、大阪にまで広がるとは全く思っていなかったそうだ。

日本の声優招待について

舞台あいさつするCanさん。Photo by © 2011 - 2022 Anime Revolution Events Inc.
舞台あいさつするCanさん。Photo by © 2011 – 2022 Anime Revolution Events Inc.

 ファンの間ではアニレボと呼ばれて親しまれているこのイベント。日本では絶対に会えない声優が毎年続々と来加するのも魅力の一つ。しかも他と違う点は、記者会見だけにとどまらず、声優に近寄れて写真撮影、サイン会など、ファンにとって最もうれしいイベントが恒例となっている。

 だがCanさんによると日本から声優を招待するほど大変な作業はないらしい。まず日本の声優のスケジュールは1年びっしり詰まっているため、招待も1年以上前に計画。通常、声優のマネージメント・エージェントと掛け合うことから始まる。声優が宣伝のために国内の地方に出かけることはあるが、海外、しかもバンクーバーに来る理由は全くない。一旦日本を飛び出したアニメ制作は、こちらの配給会社によって宣伝されるため、こちらのイベントですら日本語の声優を必要としない。

 「これはもう声優の『慈善と優しさ』にかけるしかない」そうだ。そして交渉に応じてくれた声優にはそれなりの待遇をしてあげたいと考えるCanさんは、自分のチームに失礼のない接待を指示して、声優たちがファンと直接交流して個人的にも楽しめるようにと工夫している。

 近年は新型コロナウイルス感染予防対策でカナダ・日本両政府によるPCRテストやホテル待機など、声優のスケジュール調整が全くできない状況にあった。それだけに今年のアニレボ開催には大きな期待がある。

 「コスプレ、されたことありますか?」という質問を逆質問してきたCanさん。「いいえ」と答えたら「やってみたらいいかも」とアドバイスしてくれた。彼の言葉から、もし何かのキャラクターに自分を置き換えたら人生が変わるのかと想像してしまう。

 アニレボの舞台に立ちファンと笑顔で交流するCanさんを見た人は、彼がこれまでアニメの主人公以上に苦労してきたとは誰も想像できないだろう。そんなヒーローになるべくしてなった彼のアニレボに今年も期待大だ。

 アニレボは7月29日から31日までの3日間。アニメを満喫して、新たな自己発見に遭遇するチャンスを逃す手はない!

サマー・アニレボ2022:

 今回のゲストはガンダムやセーラームーンでお馴染みのベテラン声優、古谷徹さん。くじに当たった人のみが30ドル払って写真撮影できる。当日でも可能だが、希望する人は https://forms.gle/Fjb6Dbsspqwc4UPk8 から先に申請可能。ほかに日本からはオンラインで小西克幸さん、バンクーバー地元の声優やVTuberらも登場する。

 どのアニメイベントでも共通するマナーとして、コスプレの人たちの写真を撮るときは先に声をかけて確認を。またかわいいからといっていきなり触ったり抱きついたりするのはタブー。トークショーでは相手に失礼のない質問で。ファンレターや小さな贈り物は、声優さんがスーツケースに詰めて持って帰れる重量程度なら大丈夫ということだ。

 3日間で回りきれないぐらいほどのイベント、展示、パネル、パフォーマンス、ゲーム、タレントショー、グッズ販売、コスプレコンテストが予定されているので、週末チケットはお早めに。https://anirevo-summer.eventix.app

期間:2022年7月29日~31日
HP:https://summer.animerevolution.ca/

ファンとの交流が楽しみ。Photo by © 2011 - 2022 Anime Revolution Events Inc.
ファンとの交流が楽しみ。Photo by © 2011 – 2022 Anime Revolution Events Inc.

(取材 ジェナ・パーク)

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