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「簡単に高収入」に騙されないで!オンラインの「タスク詐欺」がカナダでも急増中

 在バンクーバー日本国総領事館から2月上旬に「タスク詐欺に関する注意喚起」のメールを受け取った人も多いだろう。最近増えているというタスク詐欺とは具体的にどんな詐欺か。被害に遭わないためにはどうすればいいのか。その現状と対策について取材した。

簡単なタスク・作業で稼げるはずが…詐欺の手口

 タスク詐欺とはどういう形の詐欺なのか。バンクーバー総領事館によると、「『パソコンや携帯電話を使って、商品の評価など簡単な作業(タスク)を行うことで高額収入が得られる』という求人広告に引かれて応募したものの、多額の支払いをさせられたケースが『タスク詐欺』、あるいはそれに類する被害として確認されている」という。

 総領事館ではタスク詐欺に関する相談が急増しており、今年に入りすでに4件の相談があったそうだ。

 2月6日付けの同館の注意喚起メールでは、「情報サイトの掲示板で『在宅で簡単に稼げる』との求人に応募して被害にあった事例」が挙げられていた。人定事項の提供や報酬を受け取るためのアプリのインストールを勧められたのち、単純な入力作業の業務(タスク)が与えられ、初日の成功報酬として数百ドルが振り込まれる。しかし、翌日以降のタスクで自分の認識しないエラーにより損失が発生したとして費用の支払いを要求され、数百ドル~数千ドルを相手方へ送金してしまったというケースだ。

 総領事館に寄せられた相談については、事業者とのやりとりは日本語と英語、いずれのケースもあるという。事業所の所在地とされる場所も、日本だけでなく、アメリカやヨーロッパなど各国に分布しているそうだ。

 日本の消費者庁でも、SNSの広告を使った「動画のスクリーンショットを撮らせるタスク詐欺」の事例を挙げ、注意喚起している。事業者とのメッセージのやりとりの画像なども載っているので、一読しておきたい。 https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_policy_cms103_250206_01.pdf

 カナダ政府のカナダ詐欺対策センター(Canadian Anti-Fraud Centre)のウェブサイトでも “Job Fraud”としてタスク詐欺を紹介している。同センターでは、仮想通貨を使ったケースが増えていると警告している。

 その典型的なパターンは、求職サイトに履歴書や連絡先を共有した後に、テキストメッセージやチャットアプリ、メールなどで事業者が連絡してくるというものだ。相手は、実在するカナダの企業を名乗り、「フリーランスとして製品やアプリ、動画のプロモーションをする仕事」を持ちかけてくる。

 その事業者が作成したソフトウェアをインストールし、アカウントを作成すると、「注文」や「タスク」が与えられる。タスクを完了すると、最初に少額の報酬やコミッションが支払われるが、これは事業者が信用を得るためのものだ。その後、事業者はより多くの製品をプロモーションして「より高額な報酬」や「レベルアップ」することを持ちかけてくる。そして、そのために手数料を支払うように要求してくる。

 報酬は仮想通貨のアカウントやウォレットに入金される。しかし、アカウント上では残高が表示されていても、実際に引き出すことはできないという手口だ。

被害に遭わないために

 総領事館によると、タスク詐欺の被害者の多くは、最近カナダに来た求職中の人だったという。「経験がなくても高額収入が可能という言葉に引かれてしまうのかもしれませんが、簡単に稼げると称する副業を信用しないよう気をつけてください」と担当者は話している。

 被害に遭わないための対策として総領事館では注意喚起のメールに、「『簡単に稼げる』『儲かる』ことを強調する広告は詐欺の可能性があるのでうのみにしない」「電話番号や正確な所在地が載っていない、あるいはGmailなどのフリーメールを連絡先として使っている会社は特に注意する」「収入を得る目的のはずが、逆に相手から振り込みを求められた時点で詐欺の可能性を疑い、警察や知人、友人などの第三者に相談する」「インターネット、ニュース、公的機関などから最新の詐欺の手口を知っておく」ことを挙げている。

 カナダ詐欺対策センターでは、なんらかの行動を起こす前に必ず相手となる事業者をリサーチすること、実在の企業からテキストやメールを受け取った場合は記されている連絡先ではなく自分でその企業の連絡先を調べて直接コンタクトを取るように呼び掛けている。

 それでも被害に遭った場合は地元の警察に連絡を。さらにカナダ詐欺対策センターでは、同センターへの報告を奨励している。詐欺についての捜査をするのは警察だが、同センターに蓄積されたデータが警察の取り調べの助けとなるからだ。

 総領事館では、被害者が警察やカナダ詐欺対策センターに被害届を提出する方法について案内したり、クレジットカードやデビットカード情報を業者に渡してしまった場合の対応についてアドバイスを行っている。また、カナダ詐欺対策センターへの報告については「電話で被害報告を行うことが困難な場合には、書面による報告も可能です。同センターのウェブサイトにアクセスし、オンラインによる報告手続きをお勧めします。翻訳ソフトなどを利用して容易に提出することができます」と話している。

在バンクーバー日本国総領事館
https://www.vancouver.ca.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html

在バンクーバー日本国総領事館(タスク詐欺に関する注意)
https://www.vancouver.ca.emb-japan.go.jp/files/100791668.pdf

Canadian Anti-Fraud Centre
https://antifraudcentre-centreantifraude.ca/index-eng.htm

(取材  宗圓由佳)

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歴史に隔てられた兄弟の「距離」を体験し、明日へとつなぐ 「13’2” Between Us」シンディ望月さん

"13’2” Between Us”より。Photo by The Powell Street Festival Society
"13’2” Between Us”より。Photo by The Powell Street Festival Society

 ある日系人兄弟の人生を通して探求する、別離、記憶、追放、そして夢。日系アーティストのシンディ望月さんと地元アーティストとのコラボレーションによるマルチメディア・パフォーマンス「13’2” Between Us」が、3月1日と2日にバンクーバー仏教会で行われる。

シンディ望月さん。Jessica Jacobson Photography
シンディ望月さん。Jessica Jacobson Photography

 パウエル・ストリート・フェスティバル協会主催の同作品について、シンディさんに話を聞いた。

引き裂かれた日系人兄弟の物語

 シンディさんはこれまで、日系カナダ人の歴史をテーマとした数々の作品を発表してきた。今回の「13’2” Between Us」で取り上げているのは、シンディさんの父方の祖父、望月多次郎(たじろう)さんと弟の望月倭夫(しずお)さんだ。

 「望月倭夫は棒高跳びの選手でした。13フィート2インチというのは、1932年のロサンゼルス夏季オリンピックで5位となった、彼が残した記録なんです」

 兄の多次郎さんは1925年にカナダに渡ったが、第二次世界大戦中に強制収容され、ブリティッシュ・コロンビア州のサンドンやポポフなどを転々とした。一方の倭夫さんはアメリカ・ロサンゼルスの大学に進んだが、開戦前に軍隊入りするために帰国した。日本では軍の通訳を務めたという。そんな兄弟の間の「距離」を「13’2” Between Us」は描き出す。

ラジオ、ダンス、アニメーション、兄弟の生きた世界が蘇る

 「13’2” Between Us」について、シンディさんは「ラジオ音声、コンテンポラリー・ダンス、アニメーション、4Dサウンドを組み合わせた、40分間のマルチメディア・エクスペリエンス」と説明してくれた。第二次世界大戦、そして広大な太平洋に隔てられた兄弟の関係が、手紙、詩などさまざまな形で、実在とフィクションを交えて紡がれる。

 観客は40人と限られた人数となっている。見ている人は、再現された歴史的空間、夢、そして第二次世界大戦の転換期においてアイデンティティを喪失し、周囲に誤解されてきた人々の人生に入り込み、それを文字通り体験するのだ。

 「13’2” Between Us」には、望月兄弟とは別の日系人も登場する。1人は坂西志保で、アメリカ議会図書館の翻訳者、司書を務め、評論家でもあった。もう1人は、東京ローズことアイバ・戸栗・ダキノ。東京ローズとは、日本政府の英語によるプロパガンダ・ラジオ放送の女性アナウンサーにつけられたニックネームで、アイバはその1人だった。2人はともに「敵国人」「スパイ」として非難されたという。

 「第二次世界大戦の影響で追放された、(望月兄弟と)同様の歴史を持つ人々を取り上げたいと思いました」とシンディさん。彼女たちは同作の主要人物ではないものの、その音声が作品の一部として登場する。

写真から生まれたアイディア

 「13’2” Between Us」が生まれたきかっけは、1枚の写真だったそうだ。

 「それは、若い頃の望月倭夫を写した写真で、裏には多次郎への手紙がつづられていました。もしかしたら、倭夫がまだ日本にいた頃、すでにカナダに移民していた多次郎に書いたものかもしれないと思いました」

 シンディさんは実際に2人に会ったことはないという。「祖父の多次郎は私が生まれる前に亡くなり、倭夫についてはその存在も知りませんでした」。2002年に日本に住む大叔母に倭夫について話を聞いた。大叔母によると、多次郎と倭夫は2人でカナダに移住しようとしたが、倭夫はかなわず、多次郎だけがカナダに来たという。

 「私は、2人の兄弟とその間に横たわる距離、2人の物語を、アートのかたちで創造したいと思ったんです。ただ、実現するのに今に至るまでの時間がかかりました」。

 シンディさんの作品は綿密な歴史研究に基づいている。「インタビュー、アーカイブ写真、記事などを利用しますが、対象となる人々が存命していない場合は難しい」とシンディさん。「13’2” Between Us」で使われた倭夫さんが跳躍する映像の入手も困難を極めた。知り合いに頼んだものの、新型コロナウイルス禍で連絡が途切れてしまったり、偶然ネットで販売されているのを見つけたのに購入期限に間に合わなかったりと、紆余曲折を経て手元に届いたという。

 また、「13’2” Between Us」の制作には多くのアーティストが関わっている。「なかには何年もの間、一緒にやってきた人々もいます。その情熱と献身には、心から感謝しています」

過去を掘り起こし、未来へと繋ぐ

 シンディさん自身は日系四世。三世の父(故人)と日本で生まれ育った母との間に生まれた。「こうした生い立ちのおかげで、私は環太平洋的な視点を持つことができ、また日本とカナダを結ぶ複雑なストーリーに携わることができたと思っています」

 これまで映画、アニメーション、インスタレーション、舞台デザインなど、さまざまな種類のアートを制作してきたシンディさんだが、その活動の大部分は、日系カナダ人の体験、そして「見えない歴史」を蘇らせることに重点を置いてきた。

 過去に光を当てる一方で、シンディさんの視線は未来にも注がれている。「私たちは今、再び困難な時代に生きていると思います。これらの物語を通して、過去から学ぶことができれば、そして、忘れられていくもののなかに、希望や確固たるものを見出せればと思っています」

「13’2” Between Us」

期間:2025年3月1日(土)、2日(日) 午後7時(開場午後6時45分)
会場:バンクーバー仏教会(220 Jackson Ave, Vancouver)、当日はバンクーバー仏教会の正面入り口が閉鎖されているため、ボランティアが付近で案内する。車椅子での入場などの問い合わせは、access@powellstreetfestival.com
料金:15ドルから50ドル(スライディング・スケール制)
詳細はウェブサイトを参照:https://powellstreetfestival.com/123-between-us/

“13’2” Between Us”。Poster by The Powell Street Festival Society
“13’2” Between Us”。Poster by The Powell Street Festival Society

(取材 宗圓由佳)

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「大好きなアニメ、スポーツ、日系人の誇り…」JALTA第25回お話発表会が開催される

第25回の節目を迎えたJALTA主催「お話発表会」。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
第25回の節目を迎えたJALTA主催「お話発表会」。参加生徒、前列中央に髙橋総領事、その左横(左端から5番目)にベイリー会長、各学校の先生と一緒に。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 JALTA日本語教育振興会主催「第25回お話発表会」が2月9日、バンクーバー日本語学校並びに日系人会館で行われた。これは同会加盟の日本語学校で学ぶ生徒たちが「お話」を披露する毎年恒例のイベント。学校間の垣根を超えて学習成果を発表する。

 当日は在バンクーバー日本国総領事館・髙橋良明総領事も出席。開会にあたり「カナダの学校に通いながら日本語の勉強を続けるのは、決して簡単なことではないと思います」と語り、「日本語を学べばアニメや小説を深く味わったり、日本での楽しみも増えるでしょう。今日の発表は大切な一歩だと思います。ぜひがんばってください」とエールを送った。

「給食の匂いでお腹が空いてしまいました」と体験入学について話したアルデザ瑳蘭さん。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
「給食の匂いでお腹が空いてしまいました」と体験入学について話したアルデザ瑳蘭さん。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 「お話」は最初に小学科の生徒たちが発表。アルデザ瑳蘭(さら)さんは、お母さんが通った日本の小学校での体験入学について話した。一番びっくりしたのは学校にプールがあったこと。ほかにも毎日温かいご飯が食べられる給食がうれしかったなど、カナダで育った子どもならではのいきいきとした視点が盛り込まれていた。

アニメ「ワンピース」について熱心に話す増永太陽君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
アニメ「ワンピース」について熱心に話す増永太陽君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 「ぼくのすきなもの」で、大好きな日本のアニメについて話したのは増永太陽君。特に「ワンピース」がお気に入りで、その魅力について話した。どんな困難にも仲間と一緒に力を合わせて前に進む主人公たちの姿を見て、自分も「諦めずにがんばる人になりたい」という太陽君に、会場から大きな拍手が送られた。

サッカーからたくさんのことを学んだという佐藤かいと君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
サッカーからたくさんのことを学んだという佐藤かいと君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 サッカーの日本代表になるのが夢だという佐藤かいと君は、「ファイト!」というテーマでサッカーから学んだことを発表した。あるトーナメントで敗北寸前で意気消沈しているチームに「まだ終わりじゃないぞ!」と声をかけたというかいと君。その言葉でチームメートは元気を取り戻し、逆転勝ちを果たしたという。このトーナメントで、ファイトという言葉には「最後まで諦めないことや全力を出す」という意味も含まれていることを学んだと話した。

スピーチ前に礼儀正しく一礼した永井フィオ君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
スピーチ前に礼儀正しく一礼した永井フィオ君。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 基礎科では5人が発表した。赤い野球のユニフォームで登場した永井フィオ君は、戦前にバンクーバーで活躍した日系カナダ人野球チーム「バンクーバー朝日」について話した。2014年に誕生した「新朝日」メンバーのフィオ君は「日系カナダ人として誇りを持って練習や試合をがんばっています」と胸を張った。

ジブリ映画が大好きだというチューひびきさん。堂々とした話しぶりと豊かなジェスチャーが印象的。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
ジブリ映画が大好きだというチューひびきさん。堂々とした話しぶりと豊かなジェスチャーが印象的。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 最後の中高等科の発表は、身近な題材ながら深く掘り下げた内容だった。チューひびきさんは宮崎駿監督の映画「君たちはどう生きるか」を取り上げ、コミュニケーションや現実の世界に向き合うことの大切さを話した。

 発表後のあいさつでJALTAのベイリー智子会長は「みなさんが強く強く日本に繋がっていることが伝わって、先生の心に響いてきました」と生徒たちに語りかけた。日加トゥデイの取材には「トピックがバラエティに富んでいて、さらに私たちが気づかないような分析もあったりと、とても楽しかったです。生徒たちは、ほかの人の発表も素晴らしい態度で聴いていましたね」と笑顔を見せ、発表会の成功には保護者や先生たちのサポートが欠かせなかったと感謝した。

参加生徒と「お話」タイトル

小学科

  • 「たいようけいの ほし」コスコありさ(Arisa Cosoco)
  • 「ピアノ」古市泰(Ty Furuichi)
  • 「中新井田小学校でたいけんしたこと」アルデザ瑳蘭(Sara Aldeza)
  • 「ぼくのすきなもの」増永太陽(Taiyo Masunaga)
  • 「フランスのおもい出」渡部乃仁香(Nonika Hall)
  • 「カナダにあったらいいなと思う日本のもの」山本依真(Emma Yamamoto)
  • 「ファイト!」佐藤かいと(Kaito Sato)
  • 「47都道府県」木川恵莉花(Erika Kikawa)
  • 「ホッケー」松尾恵実(Emi Matsuo)
  • 「カナダと日本の小学校のちがい」堀谷翼(Tsubasa Horiya)

基礎科

  • 「バンクーバーあさひ」永井フィオ(Fio Nagai)
  • 「いぬとねこ」グエン・ハアン(Ha-An Nguyen)
  • 「バンクーバーで一番好きな場所」ブラックモア・マーカス(Marcus Blackmore)
  • 「日本の思い出」セン・ステファニー(Stephanie Cen)
  • 「日本とカナダの文化の違い」カプール・ケシャブ(Keshav Kapoor)

中高等科

  • 「日本語の鉄道について」高岡健太(Kenta Takaoka)
  • 「私たちはどう生きるか」チューひびき(Hibiki Chu)
発表後には劇団「座・だいこん」がステージに。まどみちおの「ちがいくらべ」を、赤鬼や青鬼たちがコミカルに演じた。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
発表後には劇団「座・だいこん」がステージに。まどみちおの「ちがいくらべ」を、赤鬼や青鬼たちがコミカルに演じた。2025年2月9日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

(取材 宗圓由佳)

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「伝統を蘇らせ、未来へ繋ぐ」ハイダ族アーティスト、クリスチャン・ホワイトさん回顧展

クリスチャン・ホワイトさんの作品「Reprica Bentwood Box」(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
クリスチャン・ホワイトさんの作品「Reprica Bentwood Box」(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 モニュメント彫刻、緻密なアージライト(粘土質岩)彫刻、ジュエリーなど多彩な作品で知られる先住民ハイダ族のマスター・アーティスト、クリスチャン・ホワイトさん。その50年の軌跡をたどる回顧展「Kihl ‘Yahda Christian White: Master Haida Artist」が、現在バンクーバー市ダウンタウンにあるビル・リード美術館で開催されている。

 ハイダ族はブリティッシュ・コロンビア(BC)州北西部にあるハイダ・グァイ(旧クイーン・シャーロット島)周辺に居住する先住民族。独自の言語を持ち、優れた工芸品や航海術などで知られている。

 ホワイトさんの作品の多くはハイダ族の伝統的なストーリーから生まれたもの。「私の作品には祖先の精神が宿っている。彼らが作ったものにインスパイアされている」と話す。

 その一端が垣間見える作品が「Reprica Bentwood Box」だ。これはハイダの伝統的な文様を施した木の箱。美しく彩られた箱はハイダの人々の生活になくてはならないもので、食料を保存したり、衣装を入れたり、カヌーに積み込んだり、まさに「生まれてから埋葬されるまで(使う)」と言われてきた。

 その隣には似たような文様を持つ古い箱の一部が展示されている。ホワイトさんの「Reprica Bentwood Box」は、この二つの面しか残されていない箱からインスピレーションを受けたものだという。

 「これを基に新しい図柄を作成しました。元の文様は完全に左右対称ではなかったので、片側をトレースし、それを反転させたのです」とホワイトさん。

 作品の背景には先住民ハイダ族の辛い過去がある。この古い箱は、宣教師たちの眼を避け、壊れた家屋の壁の後ろに隠されていたものだった。同展のゲスト・キュレーターで自身もハイダ族のルーシー・ベルさんは「私たちの祖先はポトラッチ(祭りの儀式)を禁止され、いろいろなものを隠さなければならなかったのです」と語る。

壁に隠されていた古い箱。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
壁に隠されていた古い箱。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 苦難の歴史を経て、ホワイトさんは長年ハイダ文化の興隆に力を入れてきた。

 彼のアートも、その独自の文化の中に息づいている。会場でひときわ目を引く天井から吊り下げられた巨大なレイバン(ワタリガラス)のマスクは、2022年のポットラッチに登場したものだ。

 「大勢の人々の前にこのマスクが現れた瞬間…それはパワフル・モーメントでしたね。私も自分のドラムを激しく叩いていました」

 レッドシダーを使ったマスクは長さ約8フィート(約2メートル43センチ)にも及ぶ。

巨大なレイバンのマスク、くちばしの部分は開閉する。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
巨大なレイバンのマスク、くちばしの部分は開閉する。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 「Raven Transformation」も見る者を圧倒する大型のマスクだ。大きく広がった羽根の裏側は黒く塗られており、閉じたときにはレイバンになるが、開くと擬人化された月に変身する。オックスフォード大学の博物館に所蔵されているハイダ・アーティストのチャールズ・イーデンショーの作品に影響を受けたものだという。

レイバンから月へと変身する「Raven Transformation」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
レイバンから月へと変身する「Raven Transformation」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 作品の他には再現されたホワイトさんの「作業机」も展示されている。机の前には家族の写真と共に釣りのための海図や潮見表が貼られ、ハイダ族の暮らしと自然との繋がりを彷彿とさせる。

主にアージライトの彫刻を作っているというホワイトさんの自宅の作業机。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
主にアージライトの彫刻を作っているというホワイトさんの自宅の作業机。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 同展の開催にあたりホワイトさんには「自分だけの展覧会にはしたくない」という意向があったとベルさんは話す。それを受けて、展示は父の故モーリス・ホワイトさんやホワイトさんが指導する次世代のアーティストなどにも焦点を当てている。

 ホワイトさんは父のモーリスさんの影響で14歳から彫刻を始めた。同展ではモーリスさんの手によるアクセサリーも展示されている。ペンダントはホワイトさんがアンティークショップで見かけて買い戻したものだという。また後進の育成にも力を入れ、多くの作品で弟子が制作に関わっている。

父モーリス・ホワイトさんによるイーグルのペンダント(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
父モーリス・ホワイトさんによるイーグルのペンダント(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
弟子のダニエル・ルイーズ・アラードさん(右)が着色を手掛けた「Ts’aan Xuujii (Sea Grizzly)」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
弟子のダニエル・ルイーズ・アラードさん(右)が着色を手掛けた「Ts’aan Xuujii (Sea Grizzly)」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 一方で、ハイダでは「新しい文化」も生まれている。会場の中ほどに置かれたレイバンやサンダーバードをあしらった鮮やかな黒と赤のローブ。これはホワイトさんの姪のハイスクール卒業を記念して、ホワイトさんが図柄をデザインし、彼の姉妹が作ったものだ。

 「高校卒業にローブを贈り、小さなポトラッチを開催するのが、ここ数十年のハイダの伝統になっています。これは他のコミュニティにも広まっているんですよ」

 過去に新たな命を吹き込み次世代へと繋げていくホワイトさんとハイダの人たち。そのエネルギーとハイダ族の今を感じられる同展は来年2月1日まで開催されている。

Kihl ‘Yahda Christian White: Master Haida Artist

期間:2025年2月1日〜2026年2月1日
時間:冬期間(10月~5月)火曜から土曜 10時~5時
会場:Bill Reid Gallery of Northwest Coast Art(639 Hornby St, Vancouver)
入場料など詳細はウェブサイトを参照:https://www.billreidgallery.ca/

高校を卒業したハイダの若者に贈る手作りのローブを説明するホワイトさん。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
高校を卒業したハイダの若者に贈る手作りのローブを説明するホワイトさん。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

(取材 宗圓由佳)

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