第43回 ビクトリアのアート風景

アマチュア・アーティスト

 数年前にビクトリアに国内移住して非常に驚いたことの一つが、それを職業として生計を立てる程に有名ではないものの、いわゆる「アマチュア・アーティスト」と呼ばれる人が多数いることであった。

 当地はカナダの中で一番気候が温暖なため、リタイアしたシニアが多いことは周知の通り。そのため彼らは、退職後の自由な時間を利用して好きなことに興じるのだが、特にアート方面の趣味に没頭する人は数えきれないほどいるようだ。総じてその数の99%は女性で、協力を惜しまない家族や仲間の多大なるサポートがあると聞く。 

 彼女たちは油絵、水彩画、エッチング、ブロンズ彫刻、ステンドグラス、陶器、はたまたジュエリー、編み物など様々なものを制作している。ではできあがった作品は、どこでお披露目するのかと言えば、地域ごとにオーガナイズして開かれるArtists Studio Tourと称する、自宅をギャラリーまがいに開放した展覧会を開くことで、不特定多数の人の眼に触れるようにしている。

ビクトリアのArtist Studio Toursのパンフレットの中身
パンフレットの中身 Photo © the Vancouver Shinpo

 加えて、ビクトリアの夏の風物詩の一つである青空の元で開催するアートショーで、各自テントを張り展示販売も行う。

バンクーバー島で地域ごとに開かれる歩行者天国でのアートショウ(昨年の夏)
地域ごとに開かれる歩行者天国でのアートショウ(昨年の夏) Photo © the Vancouver Shinpo

 アマチュアとは言え「好きこそ物の上手なれ」の諺通り、時には中々の作品に出合えることがある。ではその価値はどの様に決められるのかと言えば、これは有名なアーティストの作品でも同じことだが、ある人には「えっ、こんなのがこの値段?!」とその高値に驚かされたり、逆に「こんな安くていいの…?」と言う場合もある。要は買い手が『好きか嫌いか』に尽きるため、一概に値段によって価値の判断が出来ないのは当然である。

 だが今年は、COVID-19のためにそうした催し物の多くがキャンセルされファンたちをガッカリさせた。

流木アーティスト-Tanya Bub(ターニャ・バブ)氏

 とは言え、芸術の秋に入り各種の活動がボチボチと開始され始めたのに乗じて先週末Studio Tourも再開。人々は嬉々として登録されたアーティストの家を、ソーシャルディスタンスを守りながら、各自のペースで三々五々巡ったのである。

バンクーバー島Studio Tour のパンフレットの表紙 Photo © the Vancouver Shinpo
パンフレットの表紙 Photo © the Vancouver Shinpo

 その中で、今回ひと際人々の関心を集めたのは、海辺に流れ着く流木、貝殻、海藻、松ぼっくりなど自然界からの物を利用して、数々のユニークな作品を生み出す造形作家Tanya Bub氏であった。

 一年ほど前まではコンピューター・プログラマーとして働いていたが、昨年の夏息子と近くの海岸を散歩中に拾った木々を組み合わせ、ふざけ半分にシャチの形を造ったのが流木アーティストの始まりであった。

 そしてこの夏には、市内の某ギャラリーで展覧会が開催される筈であったのだが、COVID-19のためにキャンセル。残念には思ったもののそれを機に、自宅前の幅広い木のヘッジを利用しFront Yard Galleryと称して、数々の作品を一つ又一つと展示し自由鑑賞の場を設けたのだ。 

Tanya Bub氏のアート展示、外からの全体風景 Photo © the Vancouver Shinpo
外からの全体風景 Photo © the Vancouver Shinpo
Tanya Bub氏のアート展示、トラ Photo © the Vancouver Shinpo
Tanya Bub氏のアート展示、トラ Photo © the Vancouver Shinpo

 驚くことにこれが大変な反響を呼び、たちまちコミュニティー内で大評判になり、メディアに採り上げられ人々の関心を呼ぶことになったのである。場所は小学校やコミュニティセンターなどがある住宅街の一角で、人や車の流れがかなりある事が功を成したことは確かである。

 あまりの反響にBub氏自身も驚きを隠せない表情だが、「何と言っても嬉しいのは、作品が多くの人の眼に触れて鑑賞され、それによって人々と楽しい繋がりが出来ることだ」と言う。

 急速な人気上昇に伴い、次々と湧くアイディアを作品に反映している。この篤い思いは、バンクーバーのEmily Carr University of Art and Designで陶器を制作していた学生時代を沸々と思い起こさせると言い、「当時の情熱が自分の中に湧き出てくるのを感じる」と目を輝かせる。

バンクーバー島アートツアー、大きな犬の前に立つBub氏 Photo © the Vancouver Shinpo
大きな犬の前に立つBub氏 Photo © the Vancouver Shinpo

 今までにどのくらいの作品を造ったかは覚えていないが、その75%ほどは何らかの動物のフィギュアで、残りは人間の顔や人体像をかたどった作品と言う。

バンクーバー島アートツアー、顔の作品第一号
顔の作品第一号 Photo © the Vancouver Shinpo

 「木と木の接着は糊を使えば出来るけれど、確実に落ち着かせるにはそれぞれ形の違う他の材料も補い併せて、お互いにサポートしながら固定させていくの。それは丁度COVID-19を戦うためには、多くの人々の協力が必要なのと同じことね」と。 

 自分の造形アートと、先の見えないウィルス撲滅に翻弄されている世界の人々の有り様を絡ませてBub氏は言う。

バンクーバー島アートツアー、前庭に飾られた作品群 
前庭に飾られた作品群 Photo © the Vancouver Shinpo

 顧客からの好みに応じて制作もするが、自宅に飾るために求める人、ユニークな贈答品にしたいと注文する人など様々とのことである。作品はウェブサイトで鑑賞できる:tanyabub.myportfolio.com

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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