第55回 発掘された先住民の子供たちの遺体 後編

~「記録」も「墓標」もない墓地跡から~

 現在カナダに住む人々の歴史をたどれば、先住民にルーツを持つ人以外は、過去に何処かからやって来た「新移住者」と言うことになるわけだ。その点から考えると、極端な言い方ではあるが、先住民のみがこの北米大陸を支配する権利を持つことになる。

 だが移り変わる長い歴史の中で、支配/非支配の立場が逆転し、現在のような立ち位置になった。その流れを「前編」(2021年8月19日)「後編」に分けて先住民側から追ってみよう。

象牙の塔からの研究発表

 5月末にBC州本土に位置するKamloops市から、先住民の子供215人の墓地跡が発された。その後関連の悲惨なニュースが次々にメディアに流れる中、6月21日にReal Women of Canadaと称するグループが、オンタリオ州北方のThunder Bay市にあるLakehead 大学のScott Hamilton教授が調査したIndian Residential School(以後IRS)に絡む論文をネットに載せた。
https://realwomenofcanada.ca/jumping-to-conclusions-without-the-facts-in-the-indigenous-residential-schools-question/

 グループの目的は、メディアから一方的に流されるショッキングなニュースばかりを信じるのではなく、その裏に潜む事象にも目を向ける必要がある事を示唆している。確かに一つの社会現象が指摘される時、一方からだけの視野で物事を判断することは危険で、多角的に問題を見据えることが大切なのは言をまたない。

 そこで筆者は同教授の44頁に渡る論文をすべて印刷し読み込んだ。結論から言えば、何人もの象牙の塔の文化人類学者たちがまとめた研究成果は、カナダの先住民たちの足跡を示すに十分であるが、それ以上のものではない。だが注意したい点は、当時の先住民の生活環境もさることながら、子供たちが送られたIRSも劣悪な衛生状態であったことが記されていることだ。

 しかしそれを改善する十分な資金が連邦政府から得られなかった事で、不治の病とされた結核などが蔓延し、学校によっては半分以上の生徒が死亡していたという。つまり当時のオタワ政府の要人たちには、先住民たちをカナダ国民としてケアするという概念はなく、究極の差別意識があったことが伺える。白人至上主義だった社会が次々に負の連鎖を生み、不幸な状況を招いたのだろうが、宗教関係者ばかりが悪者ではなかった点もグループは指摘したかったようだ。

踏まれた足 

 当時オタワでこの政策を推進したのがJohn Macdonald初代首相だったため、先住民の間では今でも最も忌み嫌う人物となっている。結果として近年多くのカナダの町では彼の銅像が取り去られた。

ビクトリ市庁舎前にあったJohn A. Macdonald氏の銅像。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders
ビクトリ市庁舎前にあったJohn A. Macdonald氏の銅像。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders

今は銅像撤去(2018年8月11日)の理由が書かれた石板が置かれている。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders
今は銅像撤去(2018年8月11日)の理由が書かれた石板が置かれている。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders

 人は踏まれた足の痛さは覚えているが、踏んだ者は容易に忘れてしまうのが常で「彼は多くの功績も残しているのだからこの辺で議論に終止符を打ったらどうか」というMacdonaldの支持者たちは多い。

 まさにアメリカの黒人問題同様に、カナダでは先住民問題が社会に深く根を張っているのだ。

 今から二週間後の9月30日は、今まで「Orange Shirt Day」と呼ばれ、IRSに通い悲惨な目に遭った先住民に思いを馳せる日であったが、6月にこの日を「National Truth and Reconciliation Day」として国民休日にすることが決まった。

 だがこれに対して小規模のビジネスをする人々は、一日休めば収入減につながると反対しており、国民休日になるかどうか9月半ばの今も決まっていない。すんなりと受け入れないのは、単にビジネス面からの理由だけではないとも言われている。

新カナダ総督 

 こうした一連の先住民の問題が良い方向に反映された事の一つは、8月にカナダの第30代総督に初めてイヌイット出身のMary J. May Simon氏が選出されたことだろう。

Mary J. May Simon新総督(Wikipediaより)
Mary J. May Simon新総督(Wikipediaより)

 7月26日の就任式で総督は、先住民族とカナダ社会の懸け橋となるよう努力する約束をして「過去の緊張関係を未来の約束へと、賢明かつ思慮深い方法で結び付けるように努めたい」と語った。総督はイヌイット語は話すものの、この立場になる人には珍しくカナダの公用語の仏語が流暢ではない。だが今後その習得に努力すると述べ、同時にIRSの問題などが浮上する中で「真実を許容することで国として強くなり、カナダ社会が結び付き、こうした厳しい状況の時にこそ最善を尽くさなければならない事を子供達に教えることが出来る」と述べた。

 総督の選出を後押したトルドー首相は「パンデミックからの復興や気候変動危機との戦い、また先住民との和解の道を探るなど大きな変化が起きている。そんな時こそ総督が示唆するように、公正、公平な包括的な社会の構築に向けた進歩を共有できるビジョンが必要だ」と述べた。

 総督の経歴を見るとイヌイットばかリではなく、他の先住民族の地位の確立やそれに伴う人権問題への取り組みなど、多方面にわたって活躍して来たことが伺える。

 他民族の集りで成り立つカナダ社会の中での今後の活躍が注目される。

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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