ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市のバンクーバー・ユニタリアン教会で5月15日、桜楓会主催のリサイタル「朗読とバイオリン」が開催された。
この初めての試みに集まったのは約120人。大和奈緒美さんの朗読に長井明さん演奏のバイオリンの音色が彩りを添え、雨の午後、教会堂に集まった人たちのこころをしっとりと包み込んだ。
言葉と音による響宴(きょうえん)
日系コミュニティのイベントで司会者としてお馴染みの大和奈緒美さんは、朗読チャンネルを持つユーチューバーとしても活躍の場を広げている。今回は、司会者として出演者をサポートする立場から一転。パフォーマーとして舞台に立った。
ひとつひとつの言葉に心を込めながら、定評のある美しい声で読み上げる川端康成の小説、小川未明の童話、吉野弘の詩や俵万智の短歌集「サラダ記念日」からの抜粋など。作品によっては、落語さながら巧みに声色を変えてひとり何役もこなし、表情豊かに表現する姿はひとり芝居の役者のようでもあり、作品への思いが伝わってきた。
「バイオリンとピアノのリサイタルとはひと味もふた味も違う、まれな公演です。奈緒美さんの素晴らしい朗読をバイオリン1本でサポートします。ひとつの『和』を感じていただけたらと思います」と開演前に語ったバンクーバー交響楽団(VSO)終身名誉コンサートマスターの長井明さん。制作・監督を務めた丸尾豪司さんによると、丸尾さんが選んだ曲目と細かな指示に、柔軟に対応してくれたとのこと。朗読に合わせて弾き始めたり、途中でストップしたり。絶妙なタイミングをスムーズにこなし、朗読者、演奏者、司会者3人の息の合った展開であっという間にときが過ぎた。
「今日の公演は、私のカナダでの楽壇生活50周年と引退公演シリーズを兼ねたものです。みなさまの温かいご支援に感謝の気持ちでいっぱいです」と長井さんはスピーチし、最後に「ヴォカリーズ」(ラフマニノフ)を独奏。哀愁に満ちた美しい旋律が響き渡り、場内に大きな拍手が沸いた。
朗読作品と曲の内容がシンクロ
朗読作品に組み合わせたのは、雰囲気の合う曲、内容が響き合う曲など。舞台では曲にまつわるエピソードの紹介をすることによって、朗読作品の背景や意図するところが身近に浮かび上がってきた。
例えば童話「野ばら」(小川未明)には、はからずも、ウクライナで起きている戦争と重なるところがあり、物語の結末と同じく、夢から目覚めたあとの虚しさを表した「夢のあとに」(フォーレ)の演奏を加えた。
アメリカの詩人ウルマンが書いた「青春」には、世界で多くのアーティストがカバーしている楽曲「ユー・レイズ・ミー・アップ」(ロルフ・ラブランド)を選んだ。80歳でエベレスト登頂を達成した登山家の三浦雄一郎の「目標を失うと心の老いが始まる」の言葉を引いて、80歳を迎えた長井さんの精力的な演奏活動を称えた。
また「マーフィーの法則」を次々と読み上げる大和さんのテンポに合わせて、長井さんの「ユーモレスク」(ドヴォルザーク)が軽やかに趣を添えた。
そんなふたりを淡々とした口調ながらもしっかりとリードし、聴衆を引き寄せた司会者の丸尾さんに、興味を持った人も多いのではないだろうか。日本で定年間近まで中学高校の国語教師をしていた丸尾さんは、縁あって2017年にカナダに移住。現在は日本語教師として多くの生徒を教えている。アマチュアの吹奏楽団とオーケストラでホルンを吹いていたそうで、クラシックとジャズを好むほか、カラオケもよく行くという。そう聞くと、7つの朗読作品に、クラシックや映画音楽など10の楽曲と3つの独奏曲を組み合わせてプログラムを制作した丸尾さんの力量というものに納得がいく。
日系コミュニティに明るさを
このイベントは2年前に丸尾さんが発案したもので、当初は桜楓会の催しとして企画を進めていたところへ新型コロナウイルス禍となった。その間、大和さんによる朗読イベントをオンライン開催した際、音楽も加えて評判が良かったこともあり、今回のリサイタルを会員以外にも紹介しようということになった。
日系コミュニティのイベントが重なった週末ではあったが、桜楓会役員の尽力も加わり、多くの人が足を運び成功裏に終わった初の企画。「涙が出ました」「こころが洗われるようだった」などの感想が聞かれた。
「コロナで沈滞する日系人社会に明るいインパクトを与える、という目的が加わり、そして、当日を迎えました。その目的がわずかでも達成できたとすれば、うれしいことです」と、2年ごしの企画を終え、安堵した丸尾さんが語った。
桜楓会:55歳以上で日本人退職者を中心とする任意団体。会員数は約170人。https://ohfukai-vancouver.themedia.jp/
問い合わせはohfukaicanada@gmail.comまで。
(取材 ルイーズ阿久沢)
合わせて読みたい関連記事