ICBC(ブリティッシュコロンビア保険公社)関連を専門に扱う弁護士の楠原良治さん。日本生まれで10歳まで大阪で育ったあと、カナダに移住。約3年間の弁護士事務所勤務後、2019年6月に独立した。
ICBCが今年5月1日に自動車保険で導入したノーフォルト(No Fault)制度や、楠原さんがそのほか取り扱う内容、さらに弁護士になろうと思った経緯などについて聞いた。2回に分けて紹介する。前編はノーフォルト制度について。
***
被害者が加害者を訴えられないノーフォルト
まず、今年5月1日に導入されたノーフォルト制度について教えてください。
ノーフォルト制度の導入で最も変わったことは、交通事故の被害者が加害者を訴えることができなくなったことです。被害者は加害者を訴えて、損失の補償を受けることができなくなりました。代わって保険会社ICBCから補償を受けます。
さらに、被害者、加害者ともに自分の持っている保険などをすべて使った上でなければICBCの保険金をもらうことができません。
たとえば、交通事項で骨折して6カ月間仕事ができなくなったとします。以前は加害者を訴えて補償を受けることができました。
しかし、ノーフォルトでは、被害者はまず勤務先のSick Day(病気休暇)を使います、そのあと、Short-term Disability(短期補償)、さらにEI(雇用保険)を利用してからでないと、ICBCから補償を受けることはできません。
ICBCへの請求前の段階で、たとえばEIの請求がうまくいかないとします。その場合もICBCが被害者に非があると判断すると、保険金支払いでEIの額が差し引かれます。
ICBCはEIの申請を手伝ってくれるわけではありません。被害者が自分で申請を行う必要があります。例えば、ICBCがEIから2万ドルの支給を受けているべきだと判断した場合、支給金額から2万ドルが引かれることになります。
フルにカバーされない治療費
ノーフォルト導入でほかにも問題点がでています。
まず、被害者や加害者がもらうことができる補償で、治療費が100パーセントカバーできないことがあることです。
交通事故に遭ってフィジオセラピーを受けるとします。ICBCではフィジオセラピーの補償は1セッション82ドルになっています。被害者が受けたフィジオセラピーが1セッション100ドル、あるいは120ドルとすると、差額の18ドルなり38ドルは被害者が支払うことになります。
ノーフォルト前は市場の相場であれば全額補償されました。
また、ノーフォルトで加害者もある程度の補償を受けることができるようになったため、詐欺が増えるのではないかと法曹界では懸念しています。
高額となっていた自動車保険料対策として
今後、また変わる可能性があるということでしょうか。
ノーフォルト導入にはブリティッシュ・コロンビア州における自動車保険料が高すぎたという政治的背景があります。
このノーフォルト制度はアメリカのいくつかの州ですでに採用されています。そのデータを見ると、確かに最初の5年間ほどは保険会社の支払いは減る傾向にあるのですが、そのあと最終的にはノーフォルトを導入しないのと同じような額になっています。
以前だと加害者が補償を受ける額はかなり限られていたため、事故を起こさないようにしようというインセンティブがありました。
でも加害者も補償を受けることができるため、わざと交通事故を起こして、多額の保険金を手に入れようとする人がでているためです。また、どうせ補償を受けることができるのなら、できるだけ長く仕事を休もうという人も増えてきます。
どうもノーフォルトは加害者に得で、被害者には不利なシステムという気がします。
そう考えて間違いはないと思います。
専門はICBC関連ということですがノーフォルトで今後どうなるのでしょう。
ICBCの保険請求とならなかった案件に対応していきます。ICBCに保険請求をしたものの支払われない場合、ICBCへの請求のお手伝いをしていくことになると思います。被害者、加害者双方のお手伝いをします。
楠原良治弁護士
Ryan Kusuhara
・トロント大学理学部分子細胞学科卒業
・ウィンザー大学法学博士課程修了 (ロースクール)
・日系文化センター博物館でボランティア活動に尽力
Panorama Legal LLP
309-5577 153A St., Surrey
TEL:236-513-0167(アシスタントの大瀬麻衣さん)
Fax:604-372-4505
www.panlegal.ca
(後編に続く)
(取材 西川桂子)
合わせて読みたい